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宇宙科学の最前線

固体ロケットの研究 世界一から世界一への挑戦

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ロケットシステムの最適化――高性能と低コストの両立

 M-Vロケットの後継機として、そして、次世代のロケットとして、次期固体ロケットには誇れる点がいくつかあります。最初にお話ししたいのは、ロケットシステムの最適化という観点です。M-Vでは性能に特化してロケットを最適化しましたが、次期固体ロケットでは性能とコストという二つの視点からロケット全体を最適化しようと考えています。もちろん、これは容易なことではありません。一般に性能とコストは相反する要求であり、両者を同時に最適化することはできないからです。しかし、並び立たないものを並び立たせるのがシステム工学の真髄であって、同じような例題はどこにでも見ることができます。
 例えば、自動車の制御には「直進性」と「操縦性」という大切な特性があって、これは基本的には相いれない性質のものです(直進性がよいと向きは変えにくいという仕組み)。しかし、速度という座標から眺めてみると、直進性が要求される速度の領域と操縦性が要求されるそれとが異なることに気付きます。直進性とは向きの安定性で、比較的速い速度で要求されます。一方、操縦性は自動車の向きの変えやすさであって、より遅い速度で要求されます。直進性のよい車は高速道路を走っていても楽ですが、F1ドライバーでもない限り高速走行でハンドルさばきを自慢する人はいません。ですから、高速では直進性を優先、低速では操縦性を優先というように制御の特性を速度の関数として設計してやれば、両者を同時に満足させることができるというわけです。ロケットの制御も同じで、安定性と応答性という相いれない要求を同時に満足させています(詳しくは『ISASニュース』1997年4月号「ロケットの制御」参照)。
 次期固体ロケットでは、能力感度(軌道投入できる衛星の質量に対する影響度)という概念を導入して、性能とコストの両立を図ります。つまり、能力感度の低いところは大胆に低コスト化、逆に感度の高いところは性能の向上に注力しようというわけです。例えば、推進薬量が大きいためにコストがかさむ一方で打上げ能力に対する感度の低い第1段モータ(第1段ロケットのこと)には、低コストのSRB-Aを流用。一方、相対的にコストは低いが能力感度の高い上段モータ(第2段と第3段ロケット)は、M-Vをベースに新規設計して、M-Vよりもさらに高性能化を図ろうという構想です。具体的には、モータケースの軽量化や推進薬充填効率の向上などを総合的に検討しています。
 ちなみに、補助ブースタとして設計されたSRB-Aは、第1段モータとして使うには推力が小さく推進薬の量も少ないので、その分損をしてしまいます。そこで、次期固体ロケットでは、第1段に非力なSRB-Aを使いながらも衛星打上げ能力が最大になるように、第2段と第3段のパワー配分を最適化しています。これは最適ステージングといって、ロケット工学では最も大切な概念です。
 さて、次期固体ロケットの性能はいかに。図2は、軌道投入能力に最も感度の高い第3段(次期固体ロケットでは第2段)モータの質量比と、ロケットのペイロード比の推移を示しています。モータの質量比とは、モータの質量に対する推進薬の質量の比で、モータの効率を表します。ロケットのペイロード比とは、ロケット全体の質量に対する衛星の質量の割合で、ロケットの輸送効率を表します。どちらも大きい方が、性能が高くなります。ご覧の通り、次期固体ロケットは、M-Vをもしのぐ上段モータの卓越した質量比に加えて、世界最高レベルとうたわれたM-Vと同等の高いペイロード比も実現していることが分かるでしょう。



図2
図2 上段モータの質量比とロケットのペイロード比

 このように、上段ロケットのさらなる高性能化とロケット全体の最適ステージングによって、次期固体ロケットは高性能と低コストの両立を果たし、M-Vレベルの高性能を保持しながら大幅なコストダウンを達成しているのです。これこそロケット工学の醍醐味で、私たちもしびれるところです。なお、次期固体ロケットの次の段階に向けて、M-V以上の打上げ能力を得るべくSRB-Aの改良、すなわち、推力増大と推進薬増量も視野に入れて検討を行っていることを付け加えておきます。



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