No.193
1997.4

<研究紹介>   ISASニュース 1997.4 No.193

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ロケットの制御

   宇宙科学研究所  森田泰弘


■はじめに

 まずはじめに,こうして研究紹介をのんびりと書いていられるのも,M-Vの1号機が無事に上がってくれたお陰と感謝しています。誰もがそうだったとは思いますが,万全を期したつもりでもいざ打上げとなると心配になるものだと思います。私はと言えば,制御論理の設計に行き詰まっていた3年ぐらい前のある夜,M-Vが打上げ直後にひっくり返るという夢を見てしまいました。ロケットの背景に広がるあの時の緑の鮮やかさはいまでも忘れることはできません(背景が緑ということは,山の方へ飛んでいったらしい)。その直後に,現実の世界で起こった中国の長征の事故が夢で見たのとあまりに酷似していたこともあって,あの頃からいつもM-Vの制御(特に第1段目の制御)が頭から離れないようになりました。制御の観点からみると,M-Vは今までの宇宙研のロケットに比べるとかなり異色で,それは尾翼がないために第1段目のロケットが空力的に不安定という点です。つまり,何かのはずみで制御がうまくいかないと,ロケットの姿勢を立て直すことはできなくなってしまうのです。それだけに,制御系の設計にはこれまで以上の慎重さが要求されたと言えます。

M-V-1号機打上げの瞬間

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■制御とは

 制御,特に,フィードバック制御とは,ある機械なり機器に予定した動作を行わせるための手段です。私たちの身近なところでもエアコンの温度制御だとか少し高級なものでは車のエンジンの燃料の噴射制御などがあって,制御というものは日常生活の中でもなじみの深いものだと思います。さて,制御の中枢を担うのは制御論理(制御則とかフィルタとも呼ばれる)です。M-Vの第1段目の制御の場合を例にとると,その役割は,センサから得られる姿勢の情報をもとに,機体の振動など有害なものを抑えつつ姿勢の誤差を小さくするように可動ノズルに指令を送ることにあります。センサや可動ノズルを含めた制御系全体の性能は,最終的には,制御論理によって決まってしまいますから,その設計は極めて重要なものと言えます。

 さて,制御の特性はいろいろな尺度で測ることができますが,ここでは,安定性(ロバスト安定性)と感度特性(応答性)というものに注目してみたいと思います。まず,M-Vの場合には,尾翼がないので元々機体の姿勢(剛体モード)は不安定ですから,制御によってこれが安定化されるというのが第1条件です。さらに,ロケットのダイナミクスには,剛体モードばかりでなく機体の振動モードなども含まれていて,その全てを安定に保つ必要があります。ところで,制御対象としてのロケットのダイナミクスは,機体の剛性とか空力係数のような機体固有の特性や動圧のような飛行環境など(これらをシステムパラメータと呼ぶ)によって支配されています。これらのパラメータは,例えば,剛性試験や風洞試験によってかなりのレベルまで数値的に理解されてはいますが,正確な値は飛んでみるまでわからなくて,つまり,制御系の設計者は,これらパラメータに対してノミナル値からある程度のずれ(不確定性)を覚悟しなくてはなりません。このように,システムパラメータに不確定性がある場合にも安定性が確保されるような制御をロバスト制御と呼んでいて,ロケットのような一発勝負の世界ではとても重要な概念です。一方,感度特性というのは,目標の姿勢に対する応答性,あるいは,外乱に対する強さの目安を表します。特に,大気中を飛んでいく第1段目のロケットでは,空力モーメントのような大きな外乱に絶えずさらされていますので,応答性の良し悪しは直接姿勢制御の精度に結びつくことになります。

 このように,ロバスト安定性と感度特性はともに重要なものですが,実は,この2つの要求は基本的には相反する要求と言えます。つまり,一方を良くすると他方が悪くなるのです。これは、例えば,自動車でいうと,あまり安定性が良すぎると操縦性が悪くなるのと同じです。ただし,基本的,というところがみそであって,確かに周波数を決めてしまうと,その周波数においては両者は全く相反してしまうのですが,ロバスト安定性が強く要求される周波数帯域,つまり,パラメータ変化の影響を受け易い領域(一般に高い)と応答性が要求される周波数帯域,つまり,剛体モードの領域(一般に低い)は異なるのです。制御系の設計というのは,このような重要な周波数帯域の違いを利用して両方の要求に対するバランスをとりながら,ある種最適なトレードオフを行い,全体として良い制御特性を得ることにあります。

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■制御論理の設計

 機体のシステムパラメータがどう転んでも制御としてはこけないように設計しようというのがロバスト制御の考え方です。ロケットの制御の特殊性は,制御されるロケットのダイナミクスが飛んでみるまで完全にはわかっていなくて,しかも,その不確定性の安定性に及ぼす影響が,とても大きいことにあります。しかも,設計に当たっては,ロバスト安定性が確保されるだけでは十分でなく,応答性についても考慮しなくてはなりません。先に述べましたように,低周波域では応答性を重視し,一方,高周波域ではロバスト安定性に重きを置いてフィルタ(制御則)の設計を進めるわけです。このような問題を混合感度問題と呼んでいます。いわゆる古典論ではこれは周波数整形といって,ある周波数で位相やゲインを調整しながら,所定の性能が得られるようにフィルタを設計することに対応します

 ただし,このような周波数整形のための作業は,設計者の経験的力量,あるいは,センスと言ったものに大きく左右されてしまい,かならずしも見通しの良いものではありません。これに対し,H無限大制御と呼ばれる比較的新しい制御系の設計理論では,設計者の経験に依存するようなやや高度で地道な作業を,系の応答性を表す関数(感度関数)とロバスト安定性を表す関数(相補感度関数)それぞれに対する重み関数(それぞれに対する要求の強さ)の設定と言う比較的単純な作業に置き換えています。重み関数さえ設定すれば,制御系の特性によって決まるある行列方程式を機械的に解くことによって制御フィルタのパラメータを求めることができ,設計をよりシステマティックに見通し良く進めることができます。H無限大制御理論を用いるにあたって,重み関数は周波数に応じてその大きさを変える必要があり,例えば,応答性が強く要求される周波数帯域では,感度関数に対する重み関数の大きさ(H無限大ノルム)を大きくし,一方,相補感度関数に対する重み関数の大きさは小さくしておきます。ロバスト安定性が要求される周波数帯域では,これとは逆のことをやるわけです。

 制御系の設計理論は,伝達関数法に基礎をおく古典理論から始まって,状態空間法に基づく最適フィードバック制御理論を中心とする現代制御理論へと発展してきましたが,H無限大制御はロバスト安定性の保証という意味では弱点をもつそれまでの理論を発展させ体系化したもので,制御理論の発展の歴史の流れの中では,ポスト現代制御理論として位置づけられているものの一つです。

■本当に大切なこと

 ところで,ロケットの制御の場合,どういう理論を用いてどう設計してきたか,ということはあまり本質的ではなく,大切なことは,制御系に求められている性能がきちんと得られているかどうかと言うことです。設計されたフィルタは単に見かけ上性能がいいと言うだけではなく,設計上大きな落とし穴がないように注意しなければなりません。この意味で,出来上がったフィルタの本質は設計者以外の者にも良く理解できた方が良いわけで,設計の進め方としてはやや手堅いものになることになります。M-Vのフィルタの場合には,最終的に古典論的補償要素の結合として理解することができますが,言い換えると,重み関数の設定等を通して,古典的にも理解できるようにフィルタの周波数整形が進められたのです。

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■おわりに

モーションテーブル試験装置  

 こうして設計された制御則(フィルタ)については,数値シミュレーションに基づく詳細なケーススタディとともに,最終的には,モーションテーブル試験といって,実際にロケットに載せるセンサやアクチュエータを使って物理的なシミュレーションを行うことにより,その性能の最終確認を行いました。この試験は,実際のロケットの運動を模擬するフライトテーブルの上にINGやレートジャイロをのせ,制御則の指令により実機の可動ノズルを駆動させるというものです。つまり,実機の制御関連機器を用いて閉ループ試験を行うという意味で,実飛行のリハーサルとも言え,一連の制御系試験の集大成のものです。

 制御則については,2度のモーションテーブル試験と20回以上を数える制御系のレビューを通して相当完成度の高いものに仕上がっていたと思います。それでもなお,制御系設計の妥当性について,フライトオペ中にも検討を怠らなかった制御グループの姿勢とチームワークは,M-V成功の一助になり得たのではないかと思っています。

(もりた・やすひろ)


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