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宇宙科学の最前線

微小小惑星の質量を求める

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イトカワの質量推定

 小惑星の質量は,小惑星近傍での探査機の運用を行う上で重要であるが,サイエンスとしても最も基本的な量として重要である。小惑星の質量と体積が分かれば密度が計算できるが,密度の値によっては,小惑星を構成する物質や内部構造なども推定できるからである。イトカワは,事前にレーダー観測が行われ,そのおおよその形状は分かっていた。従って,質量についても例えばミシガン大学のScheeres氏らが6.27×1010kgという値を出していた。これは,イトカワの体積を2.41×107m3とし,密度を2.6g/cm3と仮定して出したものである。密度については小惑星の代表的な値を用いたもので,この質量が正しいという保証はない。そこで,「はやぶさ」がイトカワに到着するとすぐに,質量の推定が始まった。

 すでに述べたように,最初のうちは「はやぶさ」は小惑星に対してほぼ上下方向に1次元的に運動していた。従って,高校物理の知識でも加速度が計算できる。得られた加速度は,太陽輻射圧と小惑星引力の両方の効果によるものであり,小惑星の質量を求めるためにはこれらを分離しなければならない。分離の方法は簡単で,高度の異なるところで加速度を求め,太陽輻射圧の方は一定だとして小惑星の引力による加速を計算すればよいのである。実際には,太陽との距離が変化したり探査機の姿勢が微妙に変わったりするので,太陽輻射圧の計算においてはそれらの補正をすることになるが,いずれにしても,イトカワの質量は比較的簡単に求められそうに思えた。実際,到着から10月初めまでのデータを使って,イトカワの質量が最終的には誤差15%で求められた。

 従って,「はやぶさ」がよりイトカワに接近すれば,質量の推定精度も上がると期待された。ところが,予期していないことが起こった。姿勢を制御するリアクションホイールの1台が,10月初めに故障してしまったのである。もともとリアクションホイールは3台積まれていたが,そのうちの1台は小惑星到着前に壊れていた。ここでさらにもう1台壊れてしまったことによって,姿勢制御はスラスタ(化学エンジン)を使わざるを得ないことになった。問題は,スラスタを使うと,どうしても軌道運動に加速度を生じてしまうことである。そのために,10月以降は,探査機の軌道データから小惑星の質量を推定することが難しくなってしまったのである。

 そこで,10月21〜22日に,意図的に姿勢制御を行わない期間を作って,そのときの「はやぶさ」の動きからイトカワの質量を推定することにした。また,11月にはタッチダウンも含めてイトカワへの降下が何度も行われたが,そのうち11月12日の2回目のリハーサル降下のときの軌道を使った質量推定もなされた。これらは,レンジやドップラー以外に,イトカワ表面からの距離の計測値(LIDAR計測値)やイトカワを撮影した写真のデータも使って,「はやぶさ」の正確な軌道を決定し,同時にイトカワの質量を求めたものである。特に,2回目のリハーサル降下の解析においては,神戸大学LIDARチームを中心にして二つの期間で質量の推定がなされた。質量が推定されたときの軌道図を図4に示す。イトカワのすぐ近くを「はやぶさ」が飛行していることが分かる。この場合には,イトカワは質点として扱うのではなく,物質分布(イトカワの形状)を考慮している。


図4
図4 11月11〜12日の降下で質量推定を行った二つのパス
11月11日のデータでは,水色の実線が計測値で,赤い線が求められた軌道である。11月12日のデータでは,
○印が計測値で,点線が求められた軌道である。それぞれ,表のCとDのケースに対応する。
図は,阿部新助氏(神戸大学)・Daniel Scheeres氏(ミシガン大学)による。
表示されているイトカワの形状は,会津形状モデルVer.5.04による。


 以上,質量推定についてまとめると,表のようになる。これらは,独立のグループによって,別々のパスで異なる手法によって求められたものである。結果は誤差範囲内で一致しており,これらの重み付き平均をとった3.51×1010kgが,イトカワの質量の推定値になる。サイエンスとして注目されるのは質量よりも密度であるが,密度を計算するためには,天体の体積を正確に見積もる必要がある。会津形状モデルでは,イトカワの体積は1.84×107m3と推定された。従って,イトカワの密度は約1.9g/cm3となる。これは,イトカワと同じタイプのほかの小惑星に比べるとかなり小さいものであり,イトカワの構造や起源を探る上で重要な情報となろう。

表
 イトカワの質量推定の結果


さらなる解析へ

 以上は,イトカワの質量についての最初の解析である。今後,さらに細かく「はやぶさ」の軌道が解析されれば,イトカワの質量についてもより細かいことが分かってくるかもしれない。今回,初めてイトカワのような小さな小惑星の質量の推定を行ったわけであるが,当初は,イトカワを周回しないでも質量が求まるのかとか,太陽輻射圧との分離などが課題として挙げられていた。実際には,これらは大きな問題とはならず,むしろ探査機の軌道制御や姿勢制御による軌道運動への外乱が,質量推定への大きな支障になることが分かった。今後も「はやぶさ」のデータの解析を進めるとともに,また別の小惑星についても探査の機会が訪れることを期待したい。

(よしかわ・まこと)



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