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宇宙科学の最前線

微小小惑星の質量を求める

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 「はやぶさ」がイトカワ周辺にいた約3ヶ月間に取得されたレンジ(地上局から探査機までの電波の往復時間から計算される距離)とドップラー(電波の周波数変化から計算される視線方向の速度)のデータを示したものが図3である。図3ではO−Cと書かれているが,通常O−Cというのは観測値(O)と理論値(C)の差であり,探査機の場合のCは軌道決定値から計算されるものとなる。しかし,ここでは,Cとしてイトカワの軌道から計算された値を使っている。つまり,レンジのO−Cは,「はやぶさ」とイトカワの視線方向の距離の差(値が負であるのは,「はやぶさ」がイトカワの手前にいることを示す)であり,ドップラーのO−Cは,イトカワに対する「はやぶさ」の視線方向の速度(正がイトカワに接近する方向)と見なしてよい。図3は,「はやぶさ」の苦闘の足跡を示しているのである。

図3
図3 イトカワ近傍における「はやぶさ」のレンジとドップラーデータ
ここでは,イトカワに対する値を示す(本文参照)。黒で描かれたデータは臼田局で取得したもので,
赤はDSN局で取得したものである。また,レンジは計測点の間を線で結んでいるが,
計測間隔が粗いために正しい変化を示していない部分もある。


太陽輻射圧を実感

 図3において,「はやぶさ」がまだゲートポジション付近にいたときは,レンジのO−Cのグラフが上に凸の放物線になっている。横軸が時間で縦軸が距離であるから,これは,まさに1次元の等加速度運動を示していることになる。つまり,地上でボールを垂直方向に投げ上げた場合の運動である。このことは,ドップラーデータによる速度が一様に増加していることからも分かる。なお,イトカワへの接近速度がある程度まで大きくなると,イトカワに近づき過ぎないように,イトカワから離れる方向に加速をする制御を行っている。

 ここでちょっと注意をしておくと,「はやぶさ」のイトカワの周りの運動を考える場合には,太陽や惑星からの引力は取りあえず無視して構わない。それは,これらの天体からの引力が,イトカワと「はやぶさ」の両方にほぼ同様に作用しているためである。また,イトカワに対する太陽輻射圧の効果は,無視してもよい。ここでは以上の近似のもとで,解析を行っている。

 さて,図3のデータから小惑星の引力がすぐに計算できると思われるかもしれないが,それはちょっと早計である。それは,この等加速度運動をもたらしている主要な原因が,イトカワの引力ではなく,太陽輻射圧であるからだ。「はやぶさ」がゲートポジション付近にいたときの太陽輻射によって「はやぶさ」が得る加速度は,約1×10−4mm/s2である。イトカワからの引力による加速度は,最終的に求められた質量から計算すると6×10−6mm/s2程度であるから,ゲートポジションでは「はやぶさ」に加わる加速度のうち95%くらいは太陽輻射圧によると考えてよい。図1に示されているように,太陽との位置関係によって,太陽輻射圧による加速度の方向とイトカワの重力による加速度の方向がほぼ同じ方向となり,太陽輻射圧があたかも重力のように働いているのである。

 日常生活では,太陽輻射圧など気にすることはないが,深宇宙探査機の軌道決定においては,太陽輻射圧をいかに正確に推定するかが軌道決定精度に大きくかかわってくる。通常の探査機の運用では,太陽輻射圧が目に見える形で現れることはないが,イトカワ近傍の「はやぶさ」の軌道運動においては,それがあからさまに見えたことになる。



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