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宇宙科学の最前線

気球を使った微小重力実験システムの開発とその将来

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微小重力実験の先にあるもの

 この機体は,微小重力実験を行うために開発されているものです。そして,そのためにどういう機能が必要かを考えて設計が行われています。しかし,よくよく考えてみると,例えばこの機体で40秒間の微小重力実験を行おうとすると,機体の速度は超音速になります。1分間程度の微小重力実験を行う場合には,機体は音速の2倍程度まで加速されます。つまり,私たちは,手軽に長時間,微小重力の実験を行うことができるシステムを開発した結果,比較的簡単に超音速飛行を実現する機体をも手にしたことになります。

 そうなってくると,この機体の用途は微小重力以外にも広がってきます。例えば,スペースプレーン用のジェットエンジンの開発手段となり得ると考えられています。



図3
図3 地上静止状態下での燃焼試験中のATREXエンジン


 将来の宇宙輸送系の姿はいまだにいくつもの案が乱立している状態ですが,特殊な訓練を受けない一般人の利用まで考えると,ジェットエンジンのようなもので緩やかに加速するスペースプレーンが有力な候補となります。スペースプレーン案は遠い将来まで見通すと魅力的ではありますが,現在の技術状況に目を戻すと,これを飛ばすためのジェットエンジンのめどが立っていない,という大きな問題も抱えています。これについてJAXAでは,統合前から「ATREXエンジン」などの研究を行い(図3),エンジン開発を精力的に進めてきてはいますが,残念ながら音速を大幅に超えるような速度でジェットエンジンがきちんと動作することを実証できていません。私たちが開発している微小重力実験の機体を利用することで,これらのジェットエンジンの実証試験を行うことは技術的に可能であり,ぜひ挑戦してみたいと考えています。

 また,ジェットエンジンを搭載することで,将来的には空気抵抗を打ち消すべく下向きに加速して微小重力実験時間のさらなる延長を実現したり,実験終了後に回収点付近まで飛行できるようになると期待しています。特に,ジェットエンジンの推力は入ってくる空気の濃度が濃くなると大きくなる傾向にあり,また空気抵抗も同じ傾向があります。そのため,空気抵抗を打ち消す推進エンジンとして,ジェットエンジンには一定の魅力があります。将来のスペースプレーンを見据えるとともに,将来の微小重力実験を考えても,ジェットエンジンの利用の可能性を探るのは有意義なことです。

 スペースプレーン開発との関係でいえば,エンジン開発のみならず,将来のスペースプレーンを考える上で未解決となっている諸問題を解決するための手段として,私たちの機体が有効に活用できるようになればよいと考えています。この分野には,地上での試験や解析だけでは研究が完了しない項目が,エンジン開発以外にもいくつもあるといわれています。それらの研究にこの機体が有効に活用され,願わくは,それが微小重力の実験システムを改良するのにも役に立てばよいと考えています。



今後について

 私たちは,これまでに機体1号機を試作し,気球実験を試みましたが,残念ながら上層風の風向きが悪く打ち上げられませんでした。試作機体にさらなる改良を加えつつ,次の気球実験の機会には必ず成功裏に打ち上げたいと考えているところです。

(さわい・しゅうじろう)



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