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宇宙科学の最前線

気球を使った微小重力実験システムの開発とその将来

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気球を利用した落下機体について

 私たちが考えた微小重力実験の方法も,「上から物を落とす」という点で,ほかの多くの方法と同じです。スペースシャトルも,見方を変えれば「軌道上でひたすら落下し続けている」と考えることもできるので,ほとんどの微小重力実験手段で「落下」は本質的なものです。その中で,私たちの方法の特徴は,「気球を使う」という点にあります。気球といっても,イベント会場などで配られているような普通の風船とはだいぶ違い,試作1号機の予定高度は40kmまで到達するようなものです。高度40kmというのは,例えばM-Vロケットで1段と2段が分離するくらいの高度です。高度が高くなると,空気は薄くなっていきます。高度40kmだと,地上の300分の1くらいの薄さになります。そのため,この高度まで上がる気球は,非常に特殊です。図1はM-Vロケット搭載カメラが高度40km付近で撮った画像ですが,下に写っている雲の様子から,地球の丸みを感じ取ることができるほどの高度である,ということが分かります。


図1
図1 1/2段分離直前のM-Vロケット6号機。このときの高度は約40kmで,気球到達高度とほぼ同じ。


では,なぜそこまで高い高度にこだわるのかというと,それには次のような理由があります。空気が濃いところで物を落下させれば,それだけ大きく空気の抵抗を受けることになります。長い時間の微小重力が欲しくなれば,その分,落下速度は速くなっていき,空気の抵抗は増えていきます。空気の抵抗があれば,中の物はなにがしかの加速度を感じてしまいます。この加速度が大きいと,良好な微小重力環境とは言い難くなります。そのため,空気が薄い高い高度での試験が必要なのです。

 しかし,高度が高いとはいえ,それなりに空気が残っているわけですから,それだけでは微小重力としてはあまりきれいな環境とはいえません。そのため私たちは,機体の中に球状の容器を浮かべておき,機体と容器が接触しないように機体を制御することを考えました。こうすることで,この容器にはほぼ加速度は加わらず,良好な微小重力の環境が得られることになります。機体本体をいわば風よけとして利用することで,中の球状容器はきれいに自由落下するようになります。より空気抵抗の低い高々度にて実験を行い,かつ,容器を機体の中に浮かべることで,良質な微小重力の環境を数十秒という長い時間保持できるようになるのです。

 このような考えに基づき試作したのが,図2にあるような機体です。写真では分かりづらいのですが,この機体には16台のガスジェットスラスタが付いていて,落下中の機体をいろいろな方向に動かせるようになっています。黄色い円筒形状の機体内部にある浮遊容器の位置を検知して,この容器が機体の内壁にぶつからないよう,これらのガスジェットスラスタを自動的に噴射するようなシステムになっています。


図2
図2 三陸大気球観測所にて打上げ整備状態の機体を前に(右奥が筆者)

 この機体は,空気の抵抗を減らすため先端は滑らかな形状になっているので,一見するとロケットのようにも見える代物です。ただ,ロケットと違い,気球の力を借りることなく自力で地上から飛び上がれるような燃料は積んでいません。実際,この機体では圧縮空気を2kg程度搭載しているだけです。これだと落下中の位置の細かい補正は掛けられますが,とうてい自力で飛び上がることはできません。また,ロケットとのもう一つの違いとして,気球実験終了後に回収ができれば再利用が可能な点も挙げられます。そのことによって,安全かつ低コストで微小重力の実験を行うことが可能となります。

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