宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 宇宙科学の最前線 > 地球生物重力適応システム〜場の形成と張力維持に必須な細胞骨格とその分子シャペロン〜

宇宙科学の最前線

地球生物重力適応システム〜場の形成と張力維持に必須な細胞骨格とその分子シャペロン〜

│1│

表紙
分子シャペロン(αB-クリスタリン)が結合した細胞の線維。チューブリン二量体(白と緑)は重合し,微小管となる(右上)。微小管はフリーのチューブリンとの間で化学平衡的にダイナミクス状態を維持しており,脱重合するときにはプロトフィラメントが観察される(左下)。αB-クリスタリン(赤)は,このダイナミクスの調節に関与している。
(Fujita Y., et al“αB-crystallin-coated MAPs-microtubule resists nocodazole-and calcium-induced disassembly” J. Cell Sci. 2004, 117, 1719-1726)


 宇宙科学研究のうち生命科学分野においては,その重要なテーマに地球自身が生み出した生命システムの構築原理と,38億年にわたる進化・適応機構がある。ストレスに抗してシステム維持を追求する生命の戦略は,ストレスに対処する方法や科学技術を編み出した人間自身の存在の在り方にも示唆を与えてくれるはずである。中でもシステム原理として構成されていると考えられる“かたち”のある生物――特に人間を含む哺乳動物――の重力適応の鍵分子として機能解析してきた構造対応システム・細胞骨格タンパク質,およびその時間適応に必須な分子シャペロン(タンパク質のお世話役のタンパク質)について紹介したい。からだがもっているストレス応答システムをうまく引き出すことで,適応が獲得されることが分かる。適応を生むストレス因子の中核は,重力・機械的刺激である。


生物のかたちをつくる機械的・力学的システム

 “地上”で家を建てる場合に基礎と柱が必要なように,かたちのある細胞も,かたちをつくるための力学的基盤としてタンパク質から成る細胞外マトリクスを,そして,かたちをつくる素材として細胞骨格をもつ。細胞骨格が発揮する強度(張力)は細胞により異なるが,細胞骨格を壊したり,細胞骨格のダイナミクスを止める物質を加えると細胞は死ぬ。また,基盤である細胞外マトリクスからはがしても細胞死が起こる。生態情報はゲノムに書き込まれているが,ゲノムがかたちをつくるわけではない。ゲノムを読み出す場は機械的に強度を必要とし,生物はそのために,細胞内外にタンパク質や糖などで,力学的に釣り合った強度に耐える構造をつくる。

図1
図1 細胞の骨格構造
a:テンセグリティーモデル(Ingber, 1997)
b:3つの細胞骨格
c:筋芽細胞から筋線維への細胞骨格のリモデリング(サルコメアをつくる細胞骨格構造)


 細胞骨格は伸縮を生み,かつ伸縮に抗するファイバー構造体である。培養細胞のアクチンフィラメントは筋のサルコメア構造に類似した収縮構造をもつストレスファイバーをつくる。ハーバード大学のD. Ingberは,テントや福岡ドームのような張力によって制御するこの力学構造をテンセグリティーモデル(図1-a)と名付け,細胞に適用した。いずれの細胞も3種の共通のタンパク質ファイバー・細胞骨格(アクチン,チューブリン,中間径フィラメント)をもつ(図1-b)。これらは「テンセグリティー」や「骨格」という名に似ず,ダイナミックにつくり替えられており,特にチューブリンがつくる中空のナノファイバー・微小管は,“動的不安定性dynamic instability”という性質を示す。名称通り,GTPを結合して重合し微小管を伸張するが,やがてGTPをGDPに分解すると不安定となり,脱重合を始めて短縮する。結果,重合していないフリーフォームが増加するとまた伸張するというような化学平衡関係の維持が,この動的不安定性の背景にある。さらに,増加したフリーフォームがチューブリンのmRNAに結合するとmRNAが不安定になって壊されチューブリンがつくられないというように,自らの制御を遺伝子レベルで行わず,現場でのタンパク質の重合・脱重合状態で細胞の動的な状態を調整している感がある。

 微小管は,細胞分裂の際に染色体を二分割することで知られているが,骨格筋細胞では筋芽細胞から筋線維への融合時の極性の維持に必須であること,また最近では,アクチンフィラメントとの相互作用で細胞骨格自体のダイナミクスを維持していることが明らかにされている。特に筋細胞では,アクチンフィラメントはミオシンと相互作用して細胞に収縮力を,微小管は拮抗して伸張力を与え(図1-c),両者の方向性の異なる力学環境により,細胞は移動せずに張力発揮環境を持続していると考えられる。サルコメアでは,これを高度に構造化する(図1-c下)。



│1│