宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 宇宙科学の最前線 > 地球生物重力適応システム〜場の形成と張力維持に必須な細胞骨格とその分子シャペロン〜

宇宙科学の最前線

地球生物重力適応システム〜場の形成と張力維持に必須な細胞骨格とその分子シャペロン〜

│2│

タンパク質システムをお世話する分子シャペロン

 生命システムは,機能を生み出す構造を維持しつつ,さまざまな階層で方向性の異なる二局面を循環させながら機能している。両極間でのゆれが,ダイナミクス持続因子=細胞へのストレス因子となり,適応を促進させる。タンパク質自体の合成と分解,細胞骨格タンパク質の重合と脱重合による動的な形態維持,エネルギー消費と産生,かたちの維持と張力発揮,収縮と弛緩(伸張),運動と構造維持,安定化と不安定化などである。このために,細胞は一世代の生存時間内においてもセントラルドグマにより再生産系を恒常的に機能させており,この系自体の正常なタンパク質の機能保持を,タンパク質の一生をケアする分子シャペロン(ストレスタンパク質)に託している。この循環系から外れたかたちでタンパク質が変性すると,さまざまな病態に移行する(アルツハイマー病,プリオン病など)。細胞の新生タンパク質のうち30%は異常であり,合成と同時に分解されていることが示されている。細胞システムは動的に動かし続けることが必須であるたとえである。さまざまなストレスタンパク質が存在するが,上記長寿適応戦略モデルとしての心筋や遅筋細胞では中でも低分子量ストレスタンパク質(sHSPs)の発現が高く,エネルギー依存性の機能-構造連関システムの要で機能している。

 sHSPsの一つであるαB-クリスタリンは,無重力筋萎縮モデルのラット後肢懸垂モデルで特異的に減少する。宇宙環境では重力下で獲得してきた細胞の適応獲得分子であるストレスタンパク質の発現が低下するとなると,無重力下におけるヒトをも含む生物の適応システムをどのように刺激し続けるかは大きな問題であろう。αB-クリスタリンのノックアウトマウスは,すぐに死ぬわけではないが,自発運動量を測ると顕著に低い。ストレスタンパク質の転写制御因子である熱ショック因子をC. エレガンスに強制発現すると寿命が約2倍に増加することから,IGF-1とともにストレスタンパク質は長寿因子であることが報告された。このモデルでは,変性タンパク質の凝集の抑制に効果のあったストレスタンパク質は,αB-クリスタリンが属するsHSPsの仲間であった。



細胞の内外への力学応答と分子シャペロン
αB-クリスタリンとHSP47


 重力は,地上では構成的な因子である。分子シャペロンから細胞の持続的な力学対応システムを考察した(図2)。細胞内で細胞の張力発揮と収縮機構を生み出す細胞骨格タンパク質に対するαB-クリスタリンの分子機構,細胞外での支点形成に必須な細胞外マトリクスの主要タンパク質コラーゲンに対するシャペロンHSP47の重力負荷,解除への応答(ラットのモデル)を検討した。HSP47は小胞体内のHSFにより発現制御される唯一の分子シャペロンであり,コラーゲンタンパク質の3本らせん重合あるいは水酸基の付加,細胞外への分泌のためのプロセシングなどに必須であることが明らかにされている。

図2
図2 細胞内外のファイバー構造と力学ダイナミクスを維持する分子シャペロン
重力場での活動により細胞は,内に細胞骨格,外に細胞外マトリクスタンパク質を構成し,内外で釣り合った力学構造をつくり,構造依存性に活動できるようにする。分子シャペロンは,これを重力下でダイナミックにつくり替えるお世話をしている。


 HSP47の発現量について,タンパク質およびmRNAの後肢懸垂および遠心による過重力に対する応答を見ると,その基質であるコラーゲンのmRNAよりもかなり早い時期に応答を示した。また,コラーゲンは線維芽細胞で合成されていると考えられているが,筋細胞は基底膜構造を有しており,細胞培養系で検討したところ,筋細胞内で合成されていることが明らかにされた。


│2│