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宇宙科学の最前線

地球生物重力適応システム〜場の形成と張力維持に必須な細胞骨格とその分子シャペロン〜

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αB-クリスタリンの構造依存的ダイナミクスと機能

 αB-クリスタリンの発現の多い筋芽細胞では,細胞骨格の一つであるチューブリン/微小管と局在が見事に一致する(表紙)。αB-クリスタリンの発現の高い遅筋の抽出液のチューブリンとアクチンが,主要な基質として結合してくる。αB-クリスタリンは,チューブリンの熱変性による凝集沈殿を抑制する効果的な分子シャペロンとして機能する。その機能部位を調べると,sHSPsが共通にもつ“α-クリスタリンドメイン”のあるC末端側であった。また微小管の重合体の安定化を行うMAPsに結合し,微小管の安定化に貢献している。タイムラプス映像によりαB-クリスタリンの発現を増加した細胞はダイナミックであるが移動せず接着しているが,細胞に抗αB-クリスタリン抗体をインジェクションすると安定性が減少し,不安定な移動傾向が生まれる。

 これらのことから,拍動している心筋細胞にGFP-αB-クリスタリンを発現させ,その局在とダイナミクスを観察すると,拍動している状態でも横紋状に局在する。レーザーによる蛍光褪色後の回復を見ると(FRAP;fluorescence recovery after photo breaching),1分以内に横紋が回復した(図3)。比較のために熱ショックを1時間かけるとより明確な横紋状を示したが,拍動は停止し,数時間たっても消えた蛍光は回復しなかった。これらの実験から,細胞骨格の分子シャペロンαB-クリスタリンは,筋の収縮に依存してダイナミックに細胞骨格をケアしていると考えられる。



図3
図3 心筋細胞に発現させたGFP-αB-クリスタリン
(Ohto E., Yamaguchi T., Fujita Y., & Atomi Y., unpublished data)
a: 拍動している心筋細胞ではGFP-αB-クリスタリンは横紋状に見える。レーザー照射(FRAP)で長方形状に褪色するが(中央写真),1分以内に横紋が戻る。
b: 熱ショックをかけた後ではGFP-αB-クリスタリンの局在はZ線,I帯,M線に強く共局在し,FRAP後,数時間しても回復しない(図なし)。
c: GFPのみ


 形態構築・張力発揮・収縮/伸張運動,さらにエネルギー供給系との連携など,非生物システムでは同時に実現の不可能なシステムを,細胞では分子複合体のシンクロナイゼーションにより動的に構築していることが示唆される。永久機関的適応性の高い張力発揮システムには細胞骨格ダイナミクスの維持が必須で,分子シャペロンαB-クリスタリンがシステムの適応分子として必須であること,活動依存性に発現が亢進するストレスタンパク質の発現を誘導する環境刺激が重要であることが示唆される。


動物の重力応答機構

 生物は重力に抗して仕事をするが,主要な方法は脱重合できるタンパク質ポリマーで構成したタンパク質ナノファイバーの抗伸張力あるいは収縮による細胞間,組織間,個体と仕事の場である地球に対する張力発揮である。張力発揮ができないような状態では,細胞はシステムを維持できず死に至る。

 ゲノムが明らかになり網羅的な解析が進んでいるが,細胞骨格の遺伝子は比較対照のコントロールとして使われているように,遺伝子レベルでは大きな変化がしないように仕組まれているらしい。宇宙関連の生命科学研究や,重力応答研究を含め,生命システムのあまりに必然的かつ構成的な視点が見えなくなっている。宇宙研究ぐらい,広く宇宙や地球の生成から宇宙空間,地球という天体自身など,非生物対象の研究のみならず,そこに生きている我々人類の存在の本質を探る眼をもってほしいものである。

(あとみ・よりこ)



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