宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 特集 > X線天文衛星「すざく」 > 「すざく」の硬X線検出器

特集

「すざく」の硬X線検出器

川原田 円 理化学研究所
田中孝明 スタンフォード大学スタンフォード線形加速器センター
高橋弘充 広島大学大学院 理学研究科
大野雅功 広島大学大学院 理学研究科
洪 秀徴 日本大学 理工学部

「すざく」衛星に搭載されている硬X線検出器(Hard X-ray Detector:HXD)は、10〜600キロ電子ボルトという高いエネルギーを持ったX線(硬X線)を検出する装置です。硬X線領域の観測は、高い雑音(バックグラウンド)環境の中でまばらにやって来る天体からのX線光子を1個ずつとらえるという困難を伴います。しかし、ブラックホール、中性子星、超新星残骸など多くの天体は、硬X線でしか探れない、興味深い高エネルギー現象を引き起こしています。そこでHXDでは、数々の工夫でバックグラウンドを極力抑えることで、感度よく天体からの信号を検出しています。
 HXDのセンサ部は、図29のように、16本のセンサユニットを20本のシールドユニットで囲った構成になっています。センサ部からの信号は、アナログ回路部とデジタル回路部に送られて処理されます。また、20本のシールドユニットは、全天モニタの機能も併せ持っています。では、これらのコンポーネントを順番に見ていきましょう。

図29 組み上げ作業中の硬X線検出器(HXD)センサ部
16本のセンサユニットが20本のシールドユニットで囲まれている。シールドユニットが黒く見えているのは、BGO結晶を補強するための強化プラスチック。ユニット上部に見える緑と黒のしまは、防振用のゴムである。

斬新なデザインでバックグラウンド除去:センサ部

 HXDは主検出器として、シリコン検出器とGSOという結晶シンチレータを用いています。天体からの硬X線のうち、より低いエネルギーのものはシリコン検出器によって、より高いエネルギーのものはGSOでカバーします。しかし、これらの検出器をむき出しに置いただけでは、検出した信号が天体からのX線か、それ以外のところから来たバックグランドかの区別ができません。
 図30のように、HXDでは主検出器を「井戸型アクティブシールド」の底に配置して、1本のセンサユニットを構成しています。この井戸型アクティブシールドは、BGOという結晶シンチレータでできており、単に天体の方向以外から来る宇宙線やガンマ線を止めるだけでなく、止めたことを積極的に信号として知らせてくれます。そのため、宇宙線やガンマ線が検出器の中で跳ね回るときに出る二次的なバックグラウンド信号までも、ほぼ完全に検知できます。こうしてBGOの信号が同時になかった主検出器の信号を選ぶことで、バックグラウンドを徹底的に排除して、天体からの信号のみを選択できるのです。
 HXDはセンサユニットを16本、4×4の形に配置し、周囲を20本の柱状のBGOで囲うことで、できるだけ多くのX線を検出するとともに、全体としてより強固なアクティブシールドを実現しています。これらの斬新なデザインにより、図31のように、HXDは実際の衛星軌道上で従来の検出器より飛躍的に低いバックグランドで天体を観測することに成功しています。

図30 HXDのセンサユニット1本の断面図
天体からのX線は図の右側から入ってきて、シリコン検出器か、GSO結晶シンチレータで検出される。

図31 HXDのバックグラウンドレベル
赤線がシリコン検出器で、青線がGSOのバックグラウンドレベル。点線で示した過去の衛星の検出器に比べて、低いバックグラウンドレベルを達成している。

高感度を支える信号処理:アナログ回路部

 アナログ回路部は、センサ部からランダムにやって来る116系統のアナログ信号を独立に処理します。アナログ回路部にやって来る1秒間に数千個もの信号のうち、主検出器からの信号はほんの数個で、ほかの大部分はBGOシールドから来るバックグラウンド信号です。主検出器のうちGSOからの信号は、BGOからの信号と同じ信号ラインで処理されるので、GSOの信号だけを選ばなければなりません。アナログ回路は、両者の波形の違いを見極めて巧みにGSO信号だけを取り出し、デジタル信号に変換してからデジタル回路部に送ります。
 シリコン検出器からの信号は、GSOやBGOの信号とは独立に処理されて、やはりデジタル信号に変換されてからデジタル回路部に送られます。このとき、アナログ回路はBGOに同時に信号が来ていないかどうかを見ていて、シリコン検出器だけから信号が来ているものを選ぶことができます。さらに、あるユニットの主検出器に信号があったとき、周囲のユニットに同時に信号が来ていたかどうかも見ています。ユニット間の同時信号があった場合は、それを除くことで、さらに低いバックグラウンドを実現しています。
 これらの複雑な処理を、アナログ回路部はわずか27ワットの電力で行っています。衛星は太陽電池で動いていて電力が限られていますから、家庭の電球より少ない電力で働かなければなりません。それでもセンサ部の性能を最大限に引き出すべく、アナログ回路部は手際よく働いています。

効率的なデータ編集:デジタル回路部

 HXDのデジタル回路部は、HXDのコンポーネント中で唯一CPU(中央処理装置)を持っており、毎秒数千個にも達するランダムな信号をアナログ回路部から受信し、そのデータを編集した上で衛星本体に送信しています。
 CPUと聞くと、クロック数が超高速(数ギガヘルツ)で、ファンで空冷している最新型を思い浮かべる方もいるでしょう。しかし衛星で使うCPUは、壊れにくいことはもちろん、省エネなことも重要です。太陽電池の発電量は限られていますし、真空中ではファンで空冷できないので発熱量を抑えなければならないためです。そこでデジタル回路部では、80386というCPUを12メガヘルツ(メガはギガの1/1000)のクロックで駆動させることで、消費電力をわずか5ワットに抑えています。これだけ発熱量が少ないと、ファンを付けなくても宇宙で正常に動作させられます。
 CPUが低クロック数であっても、デジタル回路部はプログラムを最適化し、データ処理を高速化することで、ランダムで高いレートの入力信号に対処しています。また、1つのX線光子の検出位置や時刻、エネルギーといった情報を2バイトに抑えることで、扱うデータサイズ自体もコンパクトにしています。2バイトは、普通のパソコンなら日本語たった1文字の情報量です。衛星という電力と資源の限られた環境に適応すべく、デジタル回路部は効率的にデータ編集をしているのです。

もう一つの観測装置:広帯域全天モニタ

 広帯域全天モニタ(Wide-band All-sky Monitor:WAM)とは、センサユニットの周囲に配置されている20本のシールドユニットの総称です。WAMはセンサユニットに対するシールドの役割のほかに、明るい天体に対する全天モニタとしての機能もあります。つまり、HXDのもう一つの観測装置でもあるのです。
 WAMは宇宙線にさらされているため、バックグラウンド信号のレートだけでも毎秒数万個にもなります。これほど高いレートでは、光子ごとのデータ取得は困難なので、1秒ごとに積算したデータを取得するようになっています。非常に厚いBGO結晶を使っているので、WAMがカバーするエネルギー帯域は50〜5000キロ電子ボルトと広く、エネルギーの高いガンマ線にまで及びます。WAMのアナログ回路では、回路の雑音を限界まで抑えて高エネルギー光子のデータを取得できるように工夫がなされています。
 WAMは、宇宙のあらゆる方向からの光子に感度があり、海外の衛星では観測できない高エネルギー光子の観測を大面積で行うことができます。暗い天体の観測はできませんが、いつどこで起きるか分からないガンマ線バースト、軟ガンマ線リピーター、太陽フレアなど、突発的に明るくなる天体現象を観測するのには最適です。WAMは現在、1年間に約140個のペースでこのような天体現象を見つけており、海外の衛星と協力しつつ研究を進めています。

(かわはらだ・まどか、たなか・たかあき、たかはし・ひろみつ、おおの・まさのり、こう・ひでよし)