TOP > レポート&コラム > 特集 > 太陽観測衛星「ひので」 > 「ひので」データを用いて太陽フレア機構に迫る
Alphonse Sterling NASAマーシャル宇宙飛行センター NASAサイエンティスト
※宇宙科学研究本部に駐在
2006年に打ち上げられた「ひので」により、今まで見たことのない太陽の鮮明なデータと画像が次から次へと研究所の端末に届き、日本のみならず、世界中の太陽研究者から高い評価が集まっている。「ひので」のデータを見ると、太陽はどれほど活発なのか、どれほど美しいのか、という印象をあらためてもつ。
私たち太陽物理学者の目標の一つは、太陽の現象の機構を解明することである。それを攻めるために、「ひので」と他の太陽観測衛星、またはいくつかの地上天文台の観測データを重ねて解析する。さまざまな現象のうち、太陽フレアとそれに伴う爆発的な活動の完全理解は、大きな課題の一つである。太陽表面と表面上空の大気を貫く磁力線がフレアの原因と密接な関係にあることについては、研究者にはよく知られているものの、その具体的な関連は未解決のままである。
太陽フレアの起源を調べるに当たり、最近一部の研究者は、太陽大気によく現れる「フィラメント」と呼ばれる現象に注目している。フィラメントとは、約200万度の熱いコロナに浮かぶ1万度程度の比較的冷たい物質である(図23)。細く長い形をしていて、フィラメントの特徴の一つが、その長い方向は太陽表面にある磁場の極と他極が接する中性線に沿うことである。ある程度の大きさの太陽フレアなら、そのフレアの主なエネルギーの解放場所はフィラメントが存在できる磁場中性線にある。その上、フレアが発生すると、まるで同時に中性線に沿ったフィラメントが上昇して宇宙空間に飛び出していく、という展開がよく観測される。
最近一部の研究者が注目している点は、フィラメント上昇の開始はフレアが発生する数分前(場合によって数時間前)で、そして、その「早期」における上昇は比較的ゆっくりしていることである。フィラメントの存在も上昇も、上に述べた太陽の磁力線によるものである。したがって、フィラメントの上昇もフレアの発生も両方とも、同じ磁力線の振る舞いに基づく現象であると推定できる。ということは、フィラメントの早期上昇は、フレア発生のきっかけとなる機構を示唆しているかもしれない。コロナ中の磁力線を直接観測することはできない。でも、もしフレアが発生する直前のフィラメントの動きを可視光や極端紫外線などで見ることができれば、フレア発生寸前の磁力線の動きを把握することができるはずである。
「ひので」に搭載されている可視光磁場望遠鏡(SOT)は、ふさわしいフィルターを選べば、直接フィラメントを見たり、太陽表面磁場を検出したり、同磁場の時間的変化を追跡したりすることができる。X線望遠鏡(XRT)で見れば、フィラメントの早期における上昇とそれに伴うコロナのかすかな変化を検出することができる。また、極端紫外線撮像分光装置(EIS)を使うと、そのときのコロナプラズマを診断する情報をさらに得ることも可能となる。
図24 2007年3月2日に発生したフレア |
2007年3月2日、「ひので」はあるフィラメントの噴出とそれに伴うフレアを観測した。フィラメントそのものはTRACE衛星で最もよくとらえられ、「ひので」はそれに伴う表面の磁場変化と軟X線コロナの振る舞いをよくとらえた。詳細は学術論文(Sterling et al. 2007、 PASJ 59、 S823)に書かれているが、図24に概要を示した。フレアが明るくなるわずか数分前に撮られたXRTの画像上に、それに近い時間における太陽表面の磁力線を等高線で示した。この1枚の画像だけでは分かりづらいが、XRTの動画とSOT磁場の動画を見ると分かるのは、異なった磁極領域がちょうどぶつかっている場所で新たに輝くコロナループが形成されていることである。さらに、この磁極同士はフレアが起こる数時間前から互いに向かって移動していることが見て取れる。
この観測結果に基づいて、次のような推測をしている。太陽の表面上の流れによって逆の極性をもつ磁極が互いに近づき、その結果、コロナ中に磁気リコネクションが起きて、またフィラメントの早期上昇が始まる。そして、コロナ中の余った磁場エネルギーが解放され、そのエネルギーによってフィラメントが飛び出すと、フレアが発生する。この推測を確かめるのには、いくつかの同様なイベントを観測するのが不可欠である。
この課題や他のいくつかの太陽の謎を解くため、「ひので」は観測を続けている。今までに解析された「ひので」のデータはほんのわずかだが、その解析結果から「ひので」が太陽物理学に大きな貢献をもたらすだろうことは明確である。
(スターリング・アルフォンス)