宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 特集 > 「はやぶさ」がとらえたイトカワ画像 > イトカワにおけるレゴリスの流動と分別

特集

イトカワにおけるレゴリスの流動と分別

宮本英昭 東京大学総合研究博物館 准教授

 

 惑星や衛星、小惑星など、固体でできている天体の表面は一般に表土で覆われていて、これを“レゴリス”と呼びます。例えば、月や火星など比較的大きな天体では、大小さまざまな大きさの岩塊が表面に降り注ぐことで地面が掘られ、次第に表土が粉砕され、レゴリスが形成されたと考えられています。こうした天体では表面の重力も大きく、巻き上げられた岩は衝突現場の付近に集まるため、レゴリスの粒度分布は場所によって異なっているようです。一方、小惑星の場合はどうかというと、重力がはるかに小さいために、岩塊の衝突で巻き上げられた岩は天体全土に均一に簡単にばらまかれると考えられます。確かに、これまで観察された小惑星(エロスやイダなど)は、比較的均一な見掛けを持っていました。しかし驚いたことに、「はやぶさ」が明らかにしたイトカワの表面は、岩の多い地域と滑らかな見掛けの地域とが混在していて、明らかにレゴリスに地域性があったのです。これは、なぜでしょうか?
  私たちは、イトカワ全体が振動することでレゴリスが流動化したことが原因であろう、と考えています。私たちは、「はやぶさ」が取得した画像を徹底的に調べ、二つの重要な発見をしました。まず、イトカワは何度も振動していた、ということです。例えば、小さい砂利が大きな岩石の上にポツンと存在していてもよさそうなものですが、こうしたものは一切見つかりません。また、イトカワの小さい重力を考えると、岩石同士が引っ掛かって、すき間だらけで不安定に存在していても不思議はないのですが、すべての岩石は重力に対して安定な姿勢を保っていました。さらに、普通はきれいな円形を描くはずの衝突クレーターが、イトカワ上ではすべて不明瞭な形状をしています。こうした事実は、イトカワを覆っている岩石が、全体的に何回も、おそらく長時間にわたって振動を経験していたことを示しています。

図2 イトカワの地滑り跡。左上の白い円形のクレーター(コマバ・クレーター)から右側の滑らかな場所(ミューゼスの海)へと土砂が流動したと考えられている。なお、この図は低解像度画像の上に高解像度画像を張り付けている。

 さらに重要なことに、私たちはイトカワ表面において、地球の地滑り地形とそっくりな地形をいくつも発見しました(図2)。イトカワの表面における重力を理論的に推定したところ、こうした地形が示す土砂の流動方向は常にその場の重力が働く向き(つまり傾斜)と一致していました。つまり重力に沿って土砂が流動するという地質学的現象が、イトカワの表面で生じていたのです。また、重力的に低い部分(すなわち、もし液体の水を置いたとしたら流れていってたまる部分)に、必ず表面が滑らかな部分(ミューゼスの海など)が存在し、こうした部分の粒子サイズはイトカワ表層で最も小さい1cm程度の砂利であることが分かりました。なぜ、このようなことが起こったのでしょうか?  岩石などの粒子が集まって振動を受けると、流動化することが知られています。これを“粉体(的な挙動)”と呼びます。この物理は大変に複雑で、まだ完全に理解されているわけではありませんが、粒子が大きさなどに応じて分別されることはよく知られています。この現象によって、イトカワを構成している土砂は振動を受けるたびに、まるで“紙相撲”のようにじわじわと動き、次第に細かい部分がふるいにかけられたかのように分別されていき、低い部分に堆積したと考えられます。すなわち、イトカワ全土において土砂が流動化と移動を繰り返し、その結果として粒子の大きさによる分別が生じたわけです。
  今回発見された“天体全球のスケールで、土砂が粉体として運動していた証拠”は、長い太陽系探査の歴史においても初めての発見です。地球では全地球規模でその歴史を考えると、マントル対流によって地表面が次々と変えられてきました。しかし熱源を持たないイトカワでは、熱源の代わりに振動が生じることで、マントル対流のように粒子が流動し地表面が更新されていたのです。
 さて、イトカワ以外の天体では、なぜこうした現象が発見されなかったのでしょうか? 私たちは、イトカワがこれまで高精度で探査された天体の中で最も小さな天体であることに原因があると考えています。私たちの物理モデルによる計算では、イトカワほど小さな天体は、宇宙空間に無数にある小さな粒子が衝突することで、比較的簡単に全体的に振動することが分かりました。つまり何度も振動することができたので、イトカワでは土砂が流動化できたのだろうと考えています。

(みやもと・ひであき)