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特集

イトカワの地名

出村裕英 会津大学コンピュータ理工学部 准教授

 小惑星イトカワの名前が糸川英夫博士にちなんで付けられたことはご存知のことと思いますが、そのイトカワの上にそれなりの由来の地名が付けられつつあることは、どれくらい知られているでしょうか?
  太陽系内の天体の地名は、2006年夏、冥王星が惑星から“降格”されたことで話題となった国際天文学連合(IAU)の承認を得ることで一元管理されています。天体の地形に名前を付けるにはいろいろなルールがあり、小惑星それ自体の命名規則よりも厳しくて大変です。最初に訪れて写真を撮ったときに地名を付けるのは、先着の権利ということもありますが、まだ天体の座標系が固まり切らない時期に関係者同士で誤りなく場所を指し示す共有の鍵という実利的な理由も大きいのです。しかし、IAU承認地名となると世界中で認知・使用されるため、米ソの月探査競争当時から両陣営の宣伝材料として使われないよう、発見者が付けた地名がそのまま流通することのないようになっています。
 一度確定した名称は、生物学の種・属名と同じく変更できません。また、地形種別ないし天体別のテーマに沿った一連の名前を付けることが慣行となっています。例えば、C型小惑星253 Mathildeは真っ黒な炭に見えることから世界各国の炭田名が採られていて、日本からは石狩炭田にちなんでIshikari Craterが命名されました。小惑星イトカワの地名のテーマは、「はやぶさ」プロジェクトないし日本の宇宙開発にかかわった場所か、それに隣接する地名となっています。さらに最近加わった新ルールに“天体をまたがって重複する文字列を含んだ固有地名は(これ以上)付けない”があります。私たち「はやぶさ」プロジェクトが最初に付けようとした地名のいくつかは、すでに火星などで使われていることを理由に拒絶され、泣く泣く断念しました。例を挙げると、ウーメラ(大気圏再突入カプセル回収地点にちなむ)という地名も公には使えないことになってしまい、アルコーナという別名で再申請することになりました
 米国地質調査所の地名索引ウェブページ“Gazetteer of Planetary Nomenclature”では、太陽系内各天体のIAU承認地名が検索できます。なお、地名は前半の固有名詞部分と後半の地形種をペアにして付けることになっていますが、日本語で呼称するとき後半は省略されてしまうことが多いようです。例えば、宇宙科学研究本部の所在地にちなんで相模原と名付けられた小石の平原は、正しくはSagamihara Regioといいます。IAU承認地名として登録されているのは英語アルファベット表記です。なお、Regioを訳すと“地域”でしょうか。

図1 国際天文学連合(IAU)承認の三地名(米国地質調査所地名索引より)

 さて、2007年5月現在、IAUで承認され“世界中で公に語ってよいとされている”地名を三つ紹介します(図1)。Sagamihara Regioは、すでに紹介しました。MUSES-C Regioは、「はやぶさ」の打上げ前のコードネームから採ったもので、日本語での愛称では発音をもじって“ミューゼスの海”と呼んでいます。そしてUchinoura Regioは、「はやぶさ」を打ち上げた場所、内之浦町から採ったものです。打上げ後、市町村合併により内之浦町の名前が消えてしまいましたが、このUchinouraは空の彼方で永遠に残ることになりました。現在、さらに角田や能代といった施設名や、小惑星イトカワを発見したチーム名のLINEAR、大気圏再突入カプセルを試験したNASAエームズ研究所の所在地から採ったMountainviewなどの地名が承認を受けるべく準備中です。まだしばらく息の長い作業が続きます。

(でむら・ひろひで)