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ISASメールマガジン 第380号
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ISASメールマガジン 第380号 【 発行日− 12.01.03 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
★明けましておめでとうございます。山本です。
ISASは今日まで「正月休み」です。
ニュースとしては 少し遅くなってしまいましたが、
ISASの広報誌「ISASニュースNo.369」(2011年12月号)に、「はやぶさ」映画3社のプロデューサーと「はやぶさ」運用も担当していたニュース編集委員の対談が、4ページにわたって掲載されています。
また、BepiColombo MMO の記事もあります。
PDFファイルをダウンロードしてお楽しみください。
(⇒
http://www.isas.jaxa.jp/ISASnews/No.369/ISASnews369.pdf )
今年も 新年の一番手は、元・宇宙科学技術センターの中部博雄(なかべ・ひろお)さんです。
── INDEX──────────────────────────────
★01:ロケット昔話4(エマスト編)
☆02:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
───────────────────────────────────
★01:ロケット昔話4(エマスト編)
内之浦に鹿児島宇宙空間観測所が開設してから現在までに観測ロケットやMロケットが計400機以上打ち上げられました。その間、打ち上げ直前の緊急停止の操作を「非常停止」通称「エマスト」といいますが、現在までに5件発生しています。
X−60秒(ロケット点火60秒前)にコントローラ(管制装置)が起動した以降に、何らかの理由で打上げを中止する場合は、「エマスト」操作により点火系を一括して安全側(安全スイッチとタイマ電源のOFF、管制装置の停止など)に戻します。
私が入所する前や忘れていた「エマスト」については、宇宙研の資料では見つけられませんでしたが、内之浦にお住まいの牧工さんは写真館をやりながら 南日本新聞の通信員として活躍されていました。その牧さんが実験当初から収集された新聞記事のストックブックを50年分お持ちでしたので、そこから探 し出しました。
偶然でしょうが、「エマスト」を操作した年が1964年、1965年及び1989年、1990年と続いているのが気になります。1度ある事は2度あると言うことでしょうか
その中で私か関係した「エマスト」は2件でした。ロケットの打上げを緊急に止める緊迫した現場、ちょっとカッコイイかも知れません。
しかし、私の場合はいずれもロケットが点火せず、個別に点火系を安全側に操作する時間的余裕はありましたが、マニュアル通りに「エマスト」により一括で 安全側戻しを行いました。これらの不具合は「確認不足」という代表的なミスでした。
(1)1964年(昭和39年)7月16日
非常停止 X−3秒/K-9M-4号機
■不具合原因:レーダトランスポンダ(RT)異常
X−60秒にコントローラが起動してまもなく、突如RT(地上のレーダからロケットの追跡を行うためロケットに搭載しているレーダトランスポンダという応答装置)のテレメータデータがおかしくなりました。他機器との干渉ノイズか、ペンレコーダの接触不良か、問題となる不具合か、状況を見定めるのに関係者の緊張が伝わってきます。
観測ロケットの発射を止めるエマストスイッチは、コントロールセンタ(中央指令卓と点火管制卓)と発射場(KS台地)の半地下管制室の3カ所にあります。
時間がありません。大丈夫だと思って打上げ、やはり駄目だった場合は取り返しがつきません。
データを見ながら
「そのまま行って問題ない」
のか
「打上げを中止」
するのか葛藤があり、ついに異常と判断したスタッフは本部に状況を説明する暇無く、指令電話で
「エマスト!」
と大きな声で叫びました。それを受け担当者は即エマストスイッチを押し、打上げを止める事が出来ました。なんと点火3秒前でした。本当に間に合って良かった。
しかし、予定より4ヶ月遅れてK-9M-4号機は同年11月5日に打ち上げられましたが、発射30秒後(メイン点火5秒後)にメインロケットの燃焼が中断し、RTとテレメータ以外は異常となり実験は失敗しました。テレメータデータからロケットの前部鏡部に穴があき推進力を失ったと判明しました。
(2)1965年(昭和40年)12月25日
非常停止 X−10秒/L-3H-1号機
■不具合原因:タイマ系異常
X−60秒:点火管制装置起動
A:「確認」
X−30秒:タイマアンサ
B:「点灯しない」
B:「大丈夫か」
A:「ううん・・・」
B:「どうなんだ」
A:「たぶん・・・」
X−10秒
B:「エマスト!」
当時はブースタロケット(1段目)の点火は地上からの信号で行い、ロケット先端部のノーズコーンを開く「開頭」や2段目ロケット以降の点火系は搭載 されているタイマで実行していました。
従って、そのタイマに異常がある場合は緊急にブースタロケットの点火を中止しなくてはなりません。もし発射してしまうと、それ以降の点火系が作動し ませんので実験は失敗です。
タイマ系の不具合は修復され動作試験も無事終了して、翌1966年の3月5日に打ち上げられました。1,2段の飛翔は正常でしたが、スピン加速の不足によりメイン(3段目)ロケットの軌道が大きくずれてしまいました。またメイン搭載のRTを含む機器が故障し、軌道の追尾と主な観測は出来ませんでした。
特に昭和40年代は、ロケットや搭載機器の開発段階にあり致命的な不具合が多発していました。これらの経験が現在の安定した観測ロケットや高性能のM-Vロケットの礎となりました。
(3)1969年(昭和44年)8月7日
非常停止 X+約3秒/S-210-1号機
■不具合原因:錆によるピンの接触不良
スケジュールは順調に進みロケットは角度セットされました。
・関係者以外発射点待避確認
・点火ケーブル先端を確認
これは、半地下管制室側の点火ケーブル先端を外に出し点火管制装置に接続していない事を発射点の作業者が確認します。つまり、発射点で作業する実験班の安全を確保する確実な方法という事になります。現代では点火管制装置を起動するキーを持参して作業をしています。
・ランチャ側点火ケーブルとタイマ操作ケーブル接続
これで
・発射場は総員待避
となります。その後、
・点火管制装置初期状態確認
・ケーブル接続
で打上げ準備OKです。
あとは、中間ナイフスイッチを入れ、点火管制装置の操作ボタンをタイムスケジュールに合わせて入れていくだけです。
新米の私としては教わった作業は完璧にこなしました。
そのつもりでした。
搭載機器の動作チェックも問題なし、いよいよ秒読みが開始されます。
X−60秒:点火管制装置起動
「確認」
X−30秒:タイマアンサ
「確認」
X=0秒:ロケット点火
「あれ?」
「上がらない・・・」
X+約3秒
「エマスト!」
すぐにコントロールセンタから秋葉先生がKS台地の管制室に来られ
「君は冷静だな」
と言われましたが、当時の私は緊張する材料はそんなに持ち合わせていませんでした。
打上げを延期して調査した結果、ランチャ側点火ケーブルのコネクタネジが錆で接続が堅くなっていました。そのため完全にコネクタが挿入されずピンの接触不良が起き、点火電圧がロケットのイグナイタに届かなかったものでした。
電波テスト(リハーサル)では問題ありませんでしたが、コネクタのネジは硬くこれ以上回らないところで接続OKとしていました。しかし本番では作業 者が異なり、ネジの堅さ具合が伝わっていなくて不具合を起こしました。
ネジ部の錆を出来るだけ削り、そこにグリスを塗ることで滑りを改善して予定より25分遅れで打上げ、実験は成功しました。
その後の実験でも事前チェックにおいてコネクタの接続に関する不具合は続きましたので、点火管制装置更新時にワンタッチコネクタに変更して、現場で 接続のロックが確実に確認出来るようにしました。高温多湿の実験場では、酸化の問題は神経を使う点検作業の一つとなっていました。
時々当時を思い出し、
「全体を良く理解していないと、知らない事は冷静に操作する事は出来るが、大きなミスも平気でやってしまう可能性もあるのではないか」
と感じたものでした。
(4)1989年(平成元年)8月27日
非常停止 X+約3秒/VPT-4号機
■不具合原因:ダミースイッチの入れ忘れ
X−60秒:点火管制装置起動
A:「確認」
X−30秒:ダート点火
A:「確認」
X=0秒:ロケット点火
B:「・・・点火しない!」
A:「エ!」
C:「あ、ダミースイッチが入っていない」
X+約3秒
B:「エマスト!」
D:「再設定して打ち上げられないか?」(アメリカの技術者)
C:「無理だ」
高層の気象を世界規模で研究するダイアナキャンペーンが始まりました。世界で最も小さなアメリカの観測ロケット、バイパー(VPT/直径10cm、全長324cm)とスーパーロッキー(SLT/直径11cm、全長350cm)を実験場に設置してある点火タイマ管制装置(点火管制装置)でロケットの点火を行う事になりました。
このロケットはタイマを搭載していませんので、点火管制装置の「タイマOK」表示を点灯させる為にダミースイッチを入れ、打上げ条件を整える必要があります。
この年の夏実験シリーズでは、S-520-10、MT-135-50の2機とSLT-1、VPT-1〜5の計8機の打上げが予定されていました。
SLTは1機、VPTは3機の計4機の打上げは順調に終了しました。スケジュール上どうしてもS-520-10の点火管制装置の安全機能テストを、残り2機のVPT打上げ前に実施する必要がありました。
その為に点火管制装置のタイマ系ダミースイッチは解除して、観測ロケット打上げモードで各種の動作と表示、非常停止機能の確認を無事済ませ、VPT-4の打ち上げに臨みました。
いつも通り平常心で打上げ作業を進めましたがロケットは発射しませんでした。直ぐにエマストにより点火系は安全側に戻しましたが、タイマ班、点火 管制班の計3名は同じ操作盤面を見ていたにもかかわらずダミースイッチが入っていないのに誰一人気づいていなかったのです。致命的な失念でした。
それ以降、専用の点火装置を製作して15機の打上げは無事終えることが出来ましたが、忘れられない辛い思い出となりました。(宇宙空間観測の半世紀記念随想集記載)
(5)1990年(平成2年)1月23日
非常停止 X−18秒/M-3SII-5号機
■不具合原因:補助ブースタ可動ノズル駆動用電動式油圧ポンプのサイリスタスイッチが低温のため作動せず
X−60秒:コントローラ起動
「確認」
X−50秒:第一段TVC用ラッチング・ソレノイド・バルブ作動
「確認」
X−25秒:SB可動ノズル駆動用油圧ポンプ ON
2本ある補助ブースタの片方SB-Rが油圧力、電圧共に上昇せず、片方の油圧ポンプが作動していない事を確認
X−18秒:「エマスト!」
担当者である安田誠一氏はハッキリした大きな声で
「エマスト!」、
コントロールセンタとM管制室の担当者がほぼ同時にエマストスイッチを押しロケットの点火を止めました。
可動ノズルの駆動方式は、電動式油圧ポンプに電力を供給し、ポンプの駆動によって得られる油圧力をもってノズル(最大3°)を可動させるものです。
今回の不具合は、打上げ当日の内之浦地方では珍しく氷点下と寒く、油圧ポンプに大電力を供給する際に使用するサイリスタスイッチが作動しなかったものです。
対策としては、原因がサイリスタスイッチの欠陥ではなかったためスイッチ部分の温度環境を改善することで機能の健全性を保てることが確認できました ので、保温対策を施して無事打ち上げる事が出来ました。
(中部博雄、なかべ・ひろお)
⇒ 内之浦宇宙空間観測所:概要
⇒ 内之浦宇宙空間観測所:設備
⇒
日本の宇宙開発の歴史(宇宙研物語)第6章:果断の緊急停止
⇒ ISASメールマガジン第185号:ロケット昔話1
⇒ ISASメールマガジン第230号:ロケット昔話2
⇒ ISASメールマガジン第328号:ロケット昔話3(点火管制編)
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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※
ISASメールマガジン 第380号 【 発行日− 12.01.03 】
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★明けましておめでとうございます。山本です。
ISASは今日まで「正月休み」です。
ニュースとしては 少し遅くなってしまいましたが、
ISASの広報誌「ISASニュースNo.369」(2011年12月号)に、「はやぶさ」映画3社のプロデューサーと「はやぶさ」運用も担当していたニュース編集委員の対談が、4ページにわたって掲載されています。
また、BepiColombo MMO の記事もあります。
PDFファイルをダウンロードしてお楽しみください。
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今年も 新年の一番手は、元・宇宙科学技術センターの中部博雄(なかべ・ひろお)さんです。
── INDEX──────────────────────────────
★01:ロケット昔話4(エマスト編)
☆02:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:ロケット昔話4(エマスト編)
内之浦に鹿児島宇宙空間観測所が開設してから現在までに観測ロケットやMロケットが計400機以上打ち上げられました。その間、打ち上げ直前の緊急停止の操作を「非常停止」通称「エマスト」といいますが、現在までに5件発生しています。
X−60秒(ロケット点火60秒前)にコントローラ(管制装置)が起動した以降に、何らかの理由で打上げを中止する場合は、「エマスト」操作により点火系を一括して安全側(安全スイッチとタイマ電源のOFF、管制装置の停止など)に戻します。
私が入所する前や忘れていた「エマスト」については、宇宙研の資料では見つけられませんでしたが、内之浦にお住まいの牧工さんは写真館をやりながら 南日本新聞の通信員として活躍されていました。その牧さんが実験当初から収集された新聞記事のストックブックを50年分お持ちでしたので、そこから探 し出しました。
偶然でしょうが、「エマスト」を操作した年が1964年、1965年及び1989年、1990年と続いているのが気になります。1度ある事は2度あると言うことでしょうか
その中で私か関係した「エマスト」は2件でした。ロケットの打上げを緊急に止める緊迫した現場、ちょっとカッコイイかも知れません。
しかし、私の場合はいずれもロケットが点火せず、個別に点火系を安全側に操作する時間的余裕はありましたが、マニュアル通りに「エマスト」により一括で 安全側戻しを行いました。これらの不具合は「確認不足」という代表的なミスでした。
(1)1964年(昭和39年)7月16日
非常停止 X−3秒/K-9M-4号機
■不具合原因:レーダトランスポンダ(RT)異常
X−60秒にコントローラが起動してまもなく、突如RT(地上のレーダからロケットの追跡を行うためロケットに搭載しているレーダトランスポンダという応答装置)のテレメータデータがおかしくなりました。他機器との干渉ノイズか、ペンレコーダの接触不良か、問題となる不具合か、状況を見定めるのに関係者の緊張が伝わってきます。
観測ロケットの発射を止めるエマストスイッチは、コントロールセンタ(中央指令卓と点火管制卓)と発射場(KS台地)の半地下管制室の3カ所にあります。
時間がありません。大丈夫だと思って打上げ、やはり駄目だった場合は取り返しがつきません。
データを見ながら
「そのまま行って問題ない」
のか
「打上げを中止」
するのか葛藤があり、ついに異常と判断したスタッフは本部に状況を説明する暇無く、指令電話で
「エマスト!」
と大きな声で叫びました。それを受け担当者は即エマストスイッチを押し、打上げを止める事が出来ました。なんと点火3秒前でした。本当に間に合って良かった。
しかし、予定より4ヶ月遅れてK-9M-4号機は同年11月5日に打ち上げられましたが、発射30秒後(メイン点火5秒後)にメインロケットの燃焼が中断し、RTとテレメータ以外は異常となり実験は失敗しました。テレメータデータからロケットの前部鏡部に穴があき推進力を失ったと判明しました。
(2)1965年(昭和40年)12月25日
非常停止 X−10秒/L-3H-1号機
■不具合原因:タイマ系異常
X−60秒:点火管制装置起動
A:「確認」
X−30秒:タイマアンサ
B:「点灯しない」
B:「大丈夫か」
A:「ううん・・・」
B:「どうなんだ」
A:「たぶん・・・」
X−10秒
B:「エマスト!」
当時はブースタロケット(1段目)の点火は地上からの信号で行い、ロケット先端部のノーズコーンを開く「開頭」や2段目ロケット以降の点火系は搭載 されているタイマで実行していました。
従って、そのタイマに異常がある場合は緊急にブースタロケットの点火を中止しなくてはなりません。もし発射してしまうと、それ以降の点火系が作動し ませんので実験は失敗です。
タイマ系の不具合は修復され動作試験も無事終了して、翌1966年の3月5日に打ち上げられました。1,2段の飛翔は正常でしたが、スピン加速の不足によりメイン(3段目)ロケットの軌道が大きくずれてしまいました。またメイン搭載のRTを含む機器が故障し、軌道の追尾と主な観測は出来ませんでした。
特に昭和40年代は、ロケットや搭載機器の開発段階にあり致命的な不具合が多発していました。これらの経験が現在の安定した観測ロケットや高性能のM-Vロケットの礎となりました。
(3)1969年(昭和44年)8月7日
非常停止 X+約3秒/S-210-1号機
■不具合原因:錆によるピンの接触不良
スケジュールは順調に進みロケットは角度セットされました。
・関係者以外発射点待避確認
・点火ケーブル先端を確認
これは、半地下管制室側の点火ケーブル先端を外に出し点火管制装置に接続していない事を発射点の作業者が確認します。つまり、発射点で作業する実験班の安全を確保する確実な方法という事になります。現代では点火管制装置を起動するキーを持参して作業をしています。
・ランチャ側点火ケーブルとタイマ操作ケーブル接続
これで
・発射場は総員待避
となります。その後、
・点火管制装置初期状態確認
・ケーブル接続
で打上げ準備OKです。
あとは、中間ナイフスイッチを入れ、点火管制装置の操作ボタンをタイムスケジュールに合わせて入れていくだけです。
新米の私としては教わった作業は完璧にこなしました。
そのつもりでした。
搭載機器の動作チェックも問題なし、いよいよ秒読みが開始されます。
X−60秒:点火管制装置起動
「確認」
X−30秒:タイマアンサ
「確認」
X=0秒:ロケット点火
「あれ?」
「上がらない・・・」
X+約3秒
「エマスト!」
すぐにコントロールセンタから秋葉先生がKS台地の管制室に来られ
「君は冷静だな」
と言われましたが、当時の私は緊張する材料はそんなに持ち合わせていませんでした。
打上げを延期して調査した結果、ランチャ側点火ケーブルのコネクタネジが錆で接続が堅くなっていました。そのため完全にコネクタが挿入されずピンの接触不良が起き、点火電圧がロケットのイグナイタに届かなかったものでした。
電波テスト(リハーサル)では問題ありませんでしたが、コネクタのネジは硬くこれ以上回らないところで接続OKとしていました。しかし本番では作業 者が異なり、ネジの堅さ具合が伝わっていなくて不具合を起こしました。
ネジ部の錆を出来るだけ削り、そこにグリスを塗ることで滑りを改善して予定より25分遅れで打上げ、実験は成功しました。
その後の実験でも事前チェックにおいてコネクタの接続に関する不具合は続きましたので、点火管制装置更新時にワンタッチコネクタに変更して、現場で 接続のロックが確実に確認出来るようにしました。高温多湿の実験場では、酸化の問題は神経を使う点検作業の一つとなっていました。
時々当時を思い出し、
「全体を良く理解していないと、知らない事は冷静に操作する事は出来るが、大きなミスも平気でやってしまう可能性もあるのではないか」
と感じたものでした。
(4)1989年(平成元年)8月27日
非常停止 X+約3秒/VPT-4号機
■不具合原因:ダミースイッチの入れ忘れ
X−60秒:点火管制装置起動
A:「確認」
X−30秒:ダート点火
A:「確認」
X=0秒:ロケット点火
B:「・・・点火しない!」
A:「エ!」
C:「あ、ダミースイッチが入っていない」
X+約3秒
B:「エマスト!」
D:「再設定して打ち上げられないか?」(アメリカの技術者)
C:「無理だ」
高層の気象を世界規模で研究するダイアナキャンペーンが始まりました。世界で最も小さなアメリカの観測ロケット、バイパー(VPT/直径10cm、全長324cm)とスーパーロッキー(SLT/直径11cm、全長350cm)を実験場に設置してある点火タイマ管制装置(点火管制装置)でロケットの点火を行う事になりました。
このロケットはタイマを搭載していませんので、点火管制装置の「タイマOK」表示を点灯させる為にダミースイッチを入れ、打上げ条件を整える必要があります。
この年の夏実験シリーズでは、S-520-10、MT-135-50の2機とSLT-1、VPT-1〜5の計8機の打上げが予定されていました。
SLTは1機、VPTは3機の計4機の打上げは順調に終了しました。スケジュール上どうしてもS-520-10の点火管制装置の安全機能テストを、残り2機のVPT打上げ前に実施する必要がありました。
その為に点火管制装置のタイマ系ダミースイッチは解除して、観測ロケット打上げモードで各種の動作と表示、非常停止機能の確認を無事済ませ、VPT-4の打ち上げに臨みました。
いつも通り平常心で打上げ作業を進めましたがロケットは発射しませんでした。直ぐにエマストにより点火系は安全側に戻しましたが、タイマ班、点火 管制班の計3名は同じ操作盤面を見ていたにもかかわらずダミースイッチが入っていないのに誰一人気づいていなかったのです。致命的な失念でした。
それ以降、専用の点火装置を製作して15機の打上げは無事終えることが出来ましたが、忘れられない辛い思い出となりました。(宇宙空間観測の半世紀記念随想集記載)
(5)1990年(平成2年)1月23日
非常停止 X−18秒/M-3SII-5号機
■不具合原因:補助ブースタ可動ノズル駆動用電動式油圧ポンプのサイリスタスイッチが低温のため作動せず
X−60秒:コントローラ起動
「確認」
X−50秒:第一段TVC用ラッチング・ソレノイド・バルブ作動
「確認」
X−25秒:SB可動ノズル駆動用油圧ポンプ ON
2本ある補助ブースタの片方SB-Rが油圧力、電圧共に上昇せず、片方の油圧ポンプが作動していない事を確認
X−18秒:「エマスト!」
担当者である安田誠一氏はハッキリした大きな声で
「エマスト!」、
コントロールセンタとM管制室の担当者がほぼ同時にエマストスイッチを押しロケットの点火を止めました。
可動ノズルの駆動方式は、電動式油圧ポンプに電力を供給し、ポンプの駆動によって得られる油圧力をもってノズル(最大3°)を可動させるものです。
今回の不具合は、打上げ当日の内之浦地方では珍しく氷点下と寒く、油圧ポンプに大電力を供給する際に使用するサイリスタスイッチが作動しなかったものです。
対策としては、原因がサイリスタスイッチの欠陥ではなかったためスイッチ部分の温度環境を改善することで機能の健全性を保てることが確認できました ので、保温対策を施して無事打ち上げる事が出来ました。
(中部博雄、なかべ・ひろお)
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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※