No.276
2004.3

ISASニュース 2004.3 No.276

- Home page
- No.276 目次
- 宇宙科学最前線
- お知らせ
- ISAS事情
- シンポジウム
- 宇宙教育の現場から
- 東奔西走
- 科学衛星秘話
+ いも焼酎
- 宇宙・夢・人
- 編集後記

- BackNumber

大艦巨砲主義と貧乏物語

新国立大学協会設立準備室長 中 島 節 夫  


過去を振り返ると

 いきなり,穏当さを欠くタイトルが登場しているが,これは「いわゆるビッグプロジェクト予算が,わが国の科学技術予算全体の弾力性や在り方を阻害している」といったたぐいの訳知り顔の強硬論にくみしたり,おもねたりしているわけではない。

 タイトルの「大艦巨砲主義」は,わが国の旧海軍の明治・大正・昭和初期を通じた基本戦略思想となっていたものである。

 近代的海軍兵力による世界初の大海戦であった日本海海戦を制した日本海軍は,結果的には第次大戦の終結まで,この思想の呪縛(じゅばく)から逃れられなかったことになる。世界で初の航空機による敵国不沈戦艦の撃沈をなし得たのも日本海軍であったことと照らし合わせると,何とも奇妙な感慨を持たざるを得ない。しかも,心ある(当時では少数派の)軍上層部の将官たちの,航空母艦中心の航空機による戦略思想は,重厚長大的事大主義の艦隊決戦思想の前で実を結ばなかったのである。

 さらに,明治・大正・昭和初期を通じて,わが国は基本的に貧しいこともあって,「物を大切にする」「倹約をする」という普遍的な美風はともかくとして,お国の大事なお金で作られた(あがなわれた)兵器である戦艦が撃沈されたときには,司令官や艦長が戦艦と運命を共にするというような事態もあり,単なる兵たんの確保・維持というような物質面での観点もさることながら,総合的な継戦能力の確保面において,甚大かつ深刻な影響が生じたことは論を待たない。

 しかし,このことは,わが国の過去の戦争に結果的に当てはまることとしても,現代・現在のさまざまな事象に当てはまってもらいたくないものである。


歴史的教訓を生かして

 特に宇宙開発という分野は,世界的に鳥瞰(ちょうかん)して,もはやすべての分野で米国が一人勝ち的な傾向が強まっている今日,単なる国威発揚というような事大主義的な理念のみで,仮に膨大な資金を投ずるというような事態になれば,それこそ悪しき「大艦巨砲主義」に陥っていることとなろう。

 しかし,巨額な予算を要するからといって,わが国の宇宙開発が今日に至るまでに,独創的な科学研究の振興に多大な貢献をなしてきている事実や,先端的科学技術の開発面で産業応用への豊かな地平を切りひらいてきた実績など,地味ではあるが,営々として築き上げられた着実な成果を顧みずに(忘却して),ひいては,単なる予算の多寡のみに重点を置いた存廃論・是非論が横行することの愚は,ぜひとも避けるべきであろう。

 宇宙開発を行う限りは,国として「腹をくくる」覚悟の上で,例えば日本の「宇宙科学」分野のように,世界的に認知され尊敬を集めているような,世界に冠たる分野について,まずは的確な予算投下を行うべきで,予算の減額は研究・開発ポテンシャル(継戦能力:国家全体の科学技術力)を衰退させるだけで,いわば言葉の正しい意味での「国富」の減少(「貧乏物語」の始まり)という結果を招来することとなろう。

 何よりも,わが国の宇宙開発の振興のためになすべきは,わが国独自の強みを生かすことを主眼とした宇宙開発分野の精選を行いつつ,これに十分な投資を行いながら,挑戦的・野心的分野の開拓にも意を用いていくということであり,このことこそが,大艦巨砲主義が残した歴史的教訓であろう。

(前・科学推進部長なかじま・せつお) 




#
目次
#
宇宙・夢・人
#
Home page

ISASニュース No.276 (無断転載不可)