No.276
2004.3

ISASニュース 2004.3 No.276 


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宇宙の“妙なガス”の正体に迫る

山 崎 典 子  

やまさき・のりこ。
高エネルギー天文学研究系助教授
1966年,山口県生まれ。
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程中退。専門は高エネルギー宇宙物理学。1993年,東京都立大学理学部物理教室助手。2002年,宇宙科学研究所助教授。X線による宇宙の高温ガスの観測,宇宙の力学進化・化学進化の観測的研究,新しい検出器の開発を行っている。

 dash   X線でどんな天体を観測しているのですか。
山崎: 私が観測しているのは,ブラックホールやパルサーといった名前の付いた天体ではありません。宇宙に“うようよ”と広がっている高温ガスを観測しています。それらの一部は,星になり損ねたものだったり,星から放出されたものもあるでしょう。原子や陽子といった普通の物質から成る,たいへん希薄なガスです。

 宇宙には真空という状態はあり得ません。銀河の中で今まで何もないと思われていたところ,銀河と銀河の間,銀河団の周り,さらには銀河団の外側にもきっとガスが広がっているはずです。そういうガスの中でも,なぜその場所にあるのかよく分からなかったり,どうやって熱くなったのか分からない高温の“妙なガス”を調べています。

  
 dash   なぜガスに注目しているのですか?
山崎: 宇宙でとても普遍的な存在だからです。理論的な計算によると,宇宙にある普通の物質のうち,星になっているものはごくわずかで,9割くらいはガスの状態です。さらに宇宙でもっと普遍的な物質が,正体不明のダークマター(暗黒物質)です。ダークマターは,普通の物質の数倍以上はあると考えられています。ダークマターの分布を知るためにも,その重力に引き寄せられている高温ガスの観測が役立ちます。宇宙全体の物質やエネルギーの動きや,化学的な進化を探るには,高温ガスの観測が必要なのです。
  
 dash   ガスを研究しようと思ったきっかけは何ですか?
山崎: 実は,宇宙にはあまり興味はなかったのです。もともとは素粒子物理学をやるつもりで,「トリスタン」と呼ばれる日本の加速器で素粒子実験をされていた釜江常好先生の研究室に入りました。しかしあるとき突然,釜江先生が「SN1987Aを見にブラジルに行く」と言われて,“はぁー”と思いながら,取りあえず付いて行きました。
  
 dash   小柴昌俊先生のノーベル物理学賞受賞のきっかけとなった,マゼラン銀河での超新星爆発ですね。
山崎: 私たちは大きな気球で検出器を上空に上げて観測を行いました。実験場はサンパウロとリオデジャネイロの間です。アマゾンのジャングルの中ではなかったのですが,いろいろと大変でした。実験室のプリンターに猛毒を持つガラガラヘビがいて,大騒ぎになったこともあります。

 何回もブラジルに行きましたが,最後に行ったとき,当時あまり観測されていなかったエネルギーの極めて高いX線の検出器を上げました。しかし観測角度を変える装置が故障して,予定した観測ができなくなりました。仕方がないので,銀河面でも見ようかと,観測を続けました。すると何かがぼーっと光っていたのです。X線天文学の専門家に聞いたら「その場所にそんな放射はあるはずがない」と言われました。でも,あるのです。自分で作った検出器なので確信が持てました。何か妙なガスが光っていたのです。そのときから私は“妙なガス系”の研究者になってしまいました(笑)。その後,X線天文衛星「あすか」を使った銀河団の高温ガスの研究などを行ってきました。

  
 dash   銀河団のガスの観測では,どのようなことが分かってきたのですか。
山崎: 銀河団の高温ガスをよく調べてみると,あるところだけ温度が高かったり,形がはみ出しているところがあります。それは銀河衝突の跡など,銀河団の形成史を示すものかもしれません。銀河団の高温ガスがなぜとても熱いのかもよく分かっていません。ダークマターの重力の影響だといわれていますが,どうしたら本当にガスが熱くなるのか,その詳細な過程は謎のままです。
  
 dash   これからどんなガスを見つけたいですか?
山崎: まだ観測されていないガスが宇宙にはたくさん広がっていると理論的には予測されています。しかし本当にそうなのか,観測的に分かっていないことがたくさんあります。ガスに含まれている酸素からの輝線をとらえられれば,ガス全体の量や温度が推定できるはずです。全天の広い範囲をエネルギーの低いX線で観測してガスの分布を調べる小型衛星DIOS(ディオス)を,将来計画として検討しています。何もないと思われていたところに,妙なガスがきっとあるはずです。見つけるつもりではなかったものが見つかると,面白いですね。まだよく分からない,すっきりと解釈できない,妙なものに挑むのが好きなんです。


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