見たことのない新しい世界を切り開く
大型ロケットに頼らずとも宇宙機搭載推進系を高比推力にすることにより,中型ロケットM-Vで地球の周りの無限に続く回廊から脱出して,惑星空間を往来する深宇宙航行が可能になるのです。より遠くへ,見たことのない新しい世界を切り開く「宇宙大航海」へと思いをいざないます。
そこで,地球の大航海時代(15〜16世紀)について少し勉強してみました。スペイン・ポルトガルは香辛料貿易を求め,それまでの陸路ではない新ルート,海路の開拓を目指します。それを支えたのは船舶技術です。それまでは,たくさんの櫂(かい)で漕ぐガレー船が主流でした。多くの人力が必要なため,寄港なしの長期航海はできません。また,櫂を水面に届かせるために吃水(きっすい)が低く,耐波性がありません。外洋航海を可能にしたのは,全装帆ガレオン船です。海賊船に見られるような船尾にかけて段階的に高くなる形式です。3本か4本のマストを立て,追い風を受ける横帆と,風上に帆走するための三角帆(ラテンセイル)を装備しています。マストにより背丈が高くなる分の船体のバランスをとるために,砂や石が船底に入れられました。
造船技術だけでなく,航海技術も進歩しました。北を指し示す羅針盤(コンパス)に,北極星の仰角から緯度を測るアストロラーベ,船から投げ入れたひも付き木片(ハンドログ)の繰り出し長さから船速を計り,さらに海図(ポルトラーノ)が整備されました。これらにより陸地を確認しながらの近海航法に離別し,外洋へと乗り出すことができたのです。
それとて,決して安穏とした航海ではありませんでした。海難事故は大敵ですが,それよりも壊血病によってたくさんの船員が死にました。170人でインド航路開拓(1498年)に出発したヴァスコ・ダ・ガマの一行の帰還者は44人,世界一周(1519年)を成し遂げたマゼラン一行250人中,帰還したのはたったの18人だったそうです。そんな危険があろうとも,コロンブスはポルトガル・イギリス・フランスへと自己の計画を持ち込み,とうとうスペイン女王を説き伏せて新大陸への航海(1492年)を達成しました。
μ20,そしてμ10HIspエンジンへ
さて,宇宙航行も彼らの航海に相通じるものがあります。宇宙船は宇宙の極低温や強烈な放射線に耐えられる強じんなシステムを備え,太陽と星の方角から自分の姿勢を知り,円盤を高速回転させ姿勢を保ち,通信電波の波数を数えて地球からの距離と方向を割り出し,風の代わりに光を集めます。これを電気に変え,または直接運動量に変換し推進力とします。
受ける光の量が宇宙航海の質を決める,と言っても過言ではありません。大きな推力を得るためにはたくさんの電力が必要です。そのためには,広い面積でたくさんの光を集めなければなりません。重いパネル構造が使えないほど大きな太陽電池ならば,薄い膜面を使いましょう。そう,まさに帆(セイル)のようです。発生した電力を推力に変換するのは電気推進です(私の専門分野ですから特に強調して書かせてください)。「はやぶさ」よりも迅速に往復ミッションを達成するとか複数の目的地を巡るなら,推力を大きくしましょう。μ10より大型で現在研究開発中のμ20が最適です。もっと遠くの深い宇宙航行となれば,推進剤消費を増やさないために,さらに速くて強いジェットが必要です。高い加速電圧でイオン噴射することになるでしょう。「はやぶさ」よりも2倍の推進剤を詰め込んで,3倍の噴射速度のμ10HIspエンジンを使えば,軌道変換能力は20km/sを超えます。これは打上げロケットの全体能力に匹敵します。これこそ「宇宙船」そのものです。
そしてそれを操作するのは,地球にいるわれわれ船員です。直接事故や病気で命を落とす心配はありませんが,慢性的人員不足と昼夜を問わない激務で生命の危険を感じるのは,大航海時代とさほど変わりません(help!)。