No.251 |
ISASニュース 2002.2 No.251 |
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X線天文学の予備知識各記事は独立した内容ですが,章ごとに関連の深いものをまとめてあります。興味のある章から読んでください。ここでは,記事を読む時の手助けとなるような予備知識をまとめましたので,最初にざっと目を通して頂くとよいでしょう。
光と波長
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●光と波長光は真空中を秒速30万キロメートルの速さで進む波で,「電磁波」とも呼ばれます。ある瞬間の波の様子は下図のようになります。図の山から山までの長さを,その波の「波長」といいます。波長がおよそ380nmから770nm(ナノメートル,1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1)の光は人間の目で感じることができ,光の中でも特に「可視光線」と呼ばれています。人間は可視光線の波長の違いを色として見分けます。もっとも波長の長い光が赤色で,順に橙,黄,緑,青と続き,もっとも波長の短い光が紫色です。
![]() 波と波長 下の図は電磁波の波長と種類を示したものです。可視光線は電磁波のほんの一部でしかありません。可視光線より波長の長い赤外線,電波,可視光線より波長の短い紫外線,X線,ガンマ線と,いろいろな種類の光が存在しています。X線の波長はおよそ0.01nmから1nmですから,可視光線の1000分の1から10万分の1程度しかありません。波長が短いということは振動数あるいはエネルギーが高いということと同じで,X線は可視光線の1000倍から10万倍という非常に高いエネルギーを持つ光なのです。
![]() 電磁波の種類
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●エネルギーの単位エネルギーの単位としては「カロリー」がありますが,自然科学では「ジュール」という単位をもっともよく使います。1カロリーは4.2ジュールです。これらの単位は日常生活で使うには便利なのですが,例えば波長1ナノメートルのX線のエネルギーを表現しようとすると2×10-16ジュールという非常に小さな値になって不便です。そこで,「電子ボルト(eV)」というちょっと仰々しい名前の単位を使います。1ボルトの電位差で加速した時に電子が得るエネルギーが1電子ボルトです。電子ボルトという単位を使うと,波長1ナノメートルのX線のエネルギーはおよそ1000電子ボルトになります。1000のことをキロといいますから,1キロ電子ボルトということもできます。X線のエネルギーを数値で表す場合,「キロ電子ボルト(keV)」という単位を使うと,数字が1に近い値になるので非常に便利です。本特集でもキロ電子ボルトという言葉がたくさん出てきますので,「X線のエネルギーを表すのにちょうどよい単位」ということを覚えておいて下さい。
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●光と温度光の波長(エネルギー)は温度とも密接に絡んでいます。太陽の表面は約6000度で,可視光を強く出しています。X線は可視光の1000倍から10万倍程度のエネルギーをもっているので,100万度から1億度という非常に高い温度に対応します。このくらいまで高温になると,物質はX線を強く放射するようになるのです。なお,日常生活では温度の単位として「摂氏温度(℃)」を使いますが,自然科学の世界では「絶対温度(K)」が用いられます。「絶対温度=摂氏温度+273度」という関係があります。ただし,X線を放射するような物質は数百万度から1億度という高温ですから,ほとんどの場合,摂氏温度を使っても絶対温度を使っても違いはありません。
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●スペクトルとは?![]() 上図のように可視光をプリズムに通すと七色に分かれます。波長によってプリズムから出入りする時の曲がり角(屈折角)が異なるため,進む方向が変わるのです。このように,波長によって光を分けることを「分光」,分光して得られた虹を「スペクトル」といいます。 虹の色は光の波長に対応していることは既に説明しました。波長を横軸に,それぞれの色の光の強さ(明るさ)を縦軸にとると,下図のようなグラフを書くことができます。このように,波長と光の強さの関係を示したものも「スペクトル」といいます。このようなスペクトルはプリズムで得られた虹のようにカラフルではありませんが,虹でははっきりしない光の強さが数値で与えられるので,より定量的に光の性質を示すことができます。なお,波長のかわりに振動数(周波数)やエネルギーを横軸にとることもあります。X線天文学ではエネルギーを横軸にするのが一般的です。
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●物質によるX線の吸収エネルギーの低いX線ほど物質に吸収されやすいという性質があります。そのため,天体と観測者である私たちとの間にたくさんの物質があると,エネルギーの低いX線は吸収されてしまいます。図にその様子を示しました。天体と私たちの間に物質が少ししかないと,エネルギーの低いX線が少しだけ吸収されます。物質の量が多いと,エネルギーの低いX線の吸収される量も増え,地球まで届かなくなってしまいます。これに対して,エネルギーの高いX線は,天体と私たちの間にある物質にはあまり影響を受けず,ほとんどそのまま地球に届きます。
![]() X線のエネルギーと物質による吸収 このように,一口にX線といってもエネルギーによってずいぶん性質が異なります。そこで,エネルギーが低くて物質に吸収されやすいX線を「軟X線」,エネルギーが高くて物質に吸収されにくいX線を「硬X線」と呼んで便宜的に区別します。硬X線は吸収の影響を受けにくいと書きましたが,言い換えると硬X線を使えば,天体が多少隠されていても透かして見ることができるということになります。宇宙にはガスに覆われて正体を隠している天体がたくさんあるのですが,そういった天体を観測するには,透過力の強い硬X線が有効な手段の一つとなります。
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●X線スペクトルからわかることX線スペクトルはその形状から大きく「連続スペクトル」と「線スペクトル」に分けられます。
![]() 連続スペクトルと線スペクトル 連続スペクトルは広いエネルギー帯域にわたって連続的に分布するスペクトルで,X線の発生メカニズムによって大きく変わります。ある温度の物体がX線を放射している場合,その温度に対応するX線よりエネルギーの高いX線はほとんど出ないので,連続スペクトルの形はあるエネルギーで折れ曲がります。これに対して,熱的でない(これを「非熱的」といいます)現象からX線が出てくる場合,そのスペクトルは高いエネルギーまでずっとのびます。したがって,高いエネルギーを含む広いエネルギー範囲でX線を観測することによって,X線の発生メカニズムを知ることが可能になるのです。 いっぽう,原子から出てくる光は元素ごとにエネルギーが決まっています。このような元素に固有のX線を「特性X線」といい,そのスペクトルは線スペクトルになります。酸素,珪素(シリコン),鉄など宇宙に豊富に存在する元素の主要な特性X線は0.5キロ電子ボルトから10キロ電子ボルトのX線領域に存在しています。線スペクトルには図に示すように,でっぱっている場合(輝線)とへこんでいる場合(吸収線)があって,それぞれ原子から光が出てくる場合と原子に光が吸収される場合に対応します。線スペクトルの強度は,元素の存在量や,温度・密度といった物理状態に強く依存します。また,原子が動いていればドップラー効果によってエネルギーがずれます。したがって,線スペクトルを詳しく調べることによって,天体の物理状態や運動の様子が細かくわかることになります。なお,非熱的な放射は,電子と磁場,あるいは電子と光子の衝突によって生まれると考えられています。輝線スペクトルのもとになる重元素は関係しないので,一般に非熱的な放射からは輝線スペクトルは見られません。
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