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宇宙科学の最前線

超小型深宇宙探査機のスマート通信システム 宇宙機応用工学研究系 助教 冨木淳史

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 図2にPROCYONに搭載した通信システムの系統図を示します。こうして見ると、通信システムは実にたくさんのコンポーネントから構成されており、要素技術の集合体であることが分かります。


図2 PROCYONの搭載通信機器構成と新規開発したコンポーネント群
図2  PROCYONの搭載通信機器構成と新規開発したコンポーネント群 [画像クリックで拡大]


 例えば、PROCYONのアンテナは、総重量が1.85kgと軽く、高さが低く設計されています。小型副ペイロードには、主衛星の打上げに影響を与えないように大きさや重量に制約があります。限られた大きさを衛星本体に精いっぱい活用しようとすると、アンテナはできるだけ小さく、高さを低くしなければなりません。また、HGAを太陽電池セルと同じ上面位置にじかに置くと、太陽から衛星への熱入力が大きくなってしまいます。そこで、ゲルマニウム蒸着カプトンシートをアンテナ上面に配置して、電波の透過特性を確保しつつも熱光学特性を変化させ、またアンテナと衛星との間に空隙を設けて断熱する工夫がされています。このような熱設計の最適化を、宇宙飛翔工学研究系の野々村 拓さんが行いました。

 地球局からやって来る電波を受信して、コマンド(※2)を取り出して衛星搭載コンピュータ(OBC)に受け渡し、一方で衛星からのテレメトリをOBCから受け取って地球局に送信する役割を担っているのが、中継器と呼ばれるトランスポンダ(XTRP)です。宇宙空間での衛星の居場所を正確に知るために、地球から送信された信号を受信し、再び地球側へ折り返して送信していることから、中継器と呼ばれています。小さいながらも多機能化を低消費電力で実現できたのは、民生用FPGA(※3)の活用によるものですが、宇宙環境では放射線の影響があり常に誤動作が心配されます。詳しくは、宇宙機応用工学研究系の小林大輔さんが執筆された『ISASニュース』2012年5月号(No.374)の「宇宙科学最前線」をご覧ください。

 そこで宇宙放射線の一つである重粒子がFPGAに与える影響を調査するため、日本原子力研究開発機構 高崎量子応用研究所に試作したXTRPのブレッドボードモデル(BBM)を持ち込み、中継器の動作状態においてどのような現象が起こるのかを、実際に照射試験を行って確認しました。この試験を担当したのが、前述の小林大輔さんと電子部品・デバイス・電源グループの伊藤大智さんです。

 XTRPのFPGAには論理回路の書き換わりの検知や過電流保護のための回路が入っており、またOBCからタイマーでFPGAをリセットすることで運用中の誤動作を回避し、宇宙放射線に対して十分な配慮をしました。さらに若狭湾エネルギー研究センターにおいて、XTRPやXSSPAの電源部の寿命を推定するために、フォトカプラーのプロトン試験も実施しました。

 中継器からの信号出力は弱いので、地球まで届くように増幅する必要があります。PROCYONの通信システムの消費電力は約54.3Wですが、このうちの約7割をXSSPAで消費します。そこで最新のGaNプロセスを使用した半導体素子と独自の回路構成を組み合わせて、高い電力効率を実現するように新規開発を行いました。この最先端のXSSPAの研究開発に当たったのが、通信・データ処理グループの小林雄太さんです。



※2 コマンド:地球から探査機に向けて送信される探査機を制御するための指令情報。
※3 FPGA:Field Programmable Gate Arrayの略。製造後に設計者が書き換え可能な論理・集積回路。

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