TOP > レポート&コラム > 宇宙科学の最前線 > ロケットエンジン開発における材料工学最前線
液体ロケットエンジン燃焼室壁のクリープ疲労損傷 JAXAでは、高信頼性と大幅な低コスト化が要求される新型基幹ロケット(H3ロケット)用LE-9エンジンの開発を行っている(図2左)。その中で、エンジン燃焼室壁は液体水素(LH2)冷却溝を有する銅(Cu)─クロム(Cr)─ジルコニウム(Zr)系銅合金を内筒とし、外側をニッケル合金で包んだ二重構造となっている(図2中)。この冷却溝壁は、3000℃の燃焼ガスとマイナス250℃のLH2にさらされ、起動停止ごとに大きな温度変化とそれに伴う過大な熱ひずみが生じる。過去に別エンジンの地上燃焼試験において、20回程度の燃焼サイクルの後に冷却溝LH2側からの亀裂の発生が確認されている(図2右)。現在のロケットでは、エンジン製作後複数回の燃焼試験実施後にフライトに臨むので、この亀裂の検出、劣化損傷過程の解明および余寿命評価はロケットエンジンの信頼性確保に不可欠である。
実機燃焼室壁の亀裂発生点における3次元有限要素解析がJAXA情報・計算工学センターでなされているので、その結果を精査した(図3左)。燃焼室壁は起動直後に温度が500℃近くまで急上昇し、270秒の定常燃焼の後、温度が急減すること、そしてこれに伴い起動停止時に塑性域(※2) に達する圧縮変形と引張変形を受け、定常燃焼中には徐々に外筒の温度が上昇することによる極低速引張変形(材料学的には引張クリープ変形に相当する)を受けることが分かった。 クリープ疲労(※3)は発電プラントの配管などで問題になるが、その場合の疲労振幅は塑性域には達することはなく、クリープ疲労試験もひずみ保持(応力緩和)型試験で代用されることが多かった。疲労振幅が格段に大きいエンジン燃焼室壁の条件でも、ひずみ保持型クリープ疲労試験ではこの材料は100サイクル以上の寿命を有し、クラック生成を再現できなかったのに対し、応力保持型クリープ疲労試験を行ったところ20サイクル弱で破断に至ることが再現された(図3右)。応力保持型クリープ疲労試験では、サイクルごとにクリープひずみが累積し、単純クリープ試験より1桁以上短い累積時間で破断している。さらに大振幅疲労も考慮した線形加算則による推定より大幅に少ない寿命で破断している。
クリープ疲労試験の途中での材料内部を観察してみると、クリープモードでの損傷(粒界ボイド)と疲労モードでの損傷(疲労クラック)の両者の蓄積が認められた(図4)。すなわち、試料表面で発生し粒界に沿って材料内部へと進展した疲労クラックと、クリープ中に生成し成長・合体した粒界ボイドとが連結することで、銅合金の劣化損傷が急速に進展していることが分かった。
(※2) 塑性域:金属材料に力をかけていくと、最初は弾性的な変形のみを起こすが、あるところから塑性変形も生じるようになる。 (※3) クリープ疲労:材料が高温で受ける負荷のうち、繰り返し変形中にクリープ現象(外から力を加えなくても、時間とともに変形量が増える現象)を含む場合をクリープ疲労と呼び、発電プラントなどにおける材料劣化の主要因の一つとなる。
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