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宇宙科学の最前線

夜空は明るい!? ─近赤外線背景放射の謎をめぐって─< JAXAインターナショナルトップヤングフェロー 井上 芳幸

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ガンマ線観測による制限は正しいか?

 さて、ガンマ線観測により近赤外線背景放射強度の直接観測の結果は否定されたが、そもそもガンマ線を用いた手法は問題ないのであろうか? ガンマ線から背景放射の強度を推定する際には、吸収前のスペクトルを「仮定」する。べき関数などの単純な形を設定し、TeV(テラ電子ボルト。テラは1012)領域で急激に明るくならないという仮定を置く。この仮定は妥当であろうか?

 銀河形成理論の進展により、銀河由来の可視・赤外線背景光による吸収量は詳細に見積もられている。このようなモデルを用いれば、ブレーザーのガンマ線スペクトルを吸収前のガンマ線スペクトルに焼き直すことができる。しかし、例えば1ES 0229+200というブレーザーのガンマ線スペクトルは、従来考えられていたようなブレーザー放射機構では説明ができておらず、新しい放射機構が考えられ始めている。このような天体はいくつか報告されており、ブレーザーの吸収前のスペクトルは完全に理解できているわけではない。そのため、現状のガンマ線からの近赤外線背景放射強度の推定値も不定性が大きいといえよう。2018年に次世代ガンマ線望遠鏡Cherenkov Telescope Array(CTA)が稼働し始める。CTAによるブレーザーの高感度な観測により、ブレーザーの放射機構の理解が進む。特に、我々の見積もりによれば、CTAによって得られるブレーザーの統計情報を用いて放射機構の普遍性を調べることができる。ガンマ線から精度よく可視・赤外線背景放射を決定できる日も近いであろう。


直接観測による超過成分の傍証

 さて、不定性はあるが、ガンマ線による間接観測という手法がこの10年で確立されてきた。一方、近赤外線背景放射の直接観測はどうであろうか? この10年間の直接観測における重要な進展は、空間揺らぎ観測である。つまり、空の明るさの非等方性(むら)の観測である。赤外線天文衛星のSpitzerや「あかり」、ロケット実験CIBERによって1〜5μmの範囲で、銀河では説明できない空間揺らぎの超過成分が見つかっており、これは銀河以外の成分が近赤外線背景放射に埋もれている傍証である。特に、揺らぎのスペクトルを見ると、星に似たRayleigh-Jeans則(黒体放射の波長が長い領域での放射スペクトル)に従うことが分かっている。この特徴は、スペクトル超過にも見られている。

 空間揺らぎの起源であるが、最新の理論では、銀河と銀河の衝突によって銀河ハロー領域まではじき飛ばされた星によるものであるといわれている。しかし、銀河衝突ではじき飛ばされる星の数や空間分布はよく分かっておらず、スペクトルの超過成分まで説明できるかはよく分かっていない。ハロー領域に散らばった星によるという説の検証が、直接観測の今後の課題の一つであろう。例えば、銀河から離れた領域での超新星爆発の発生頻度を調べれば、ハローに散らばった星の数を調べることができる。

 まとめると、近赤外線超過の起源は分かっていないのが現状である。理論家としては恥ずかしい限りである。ただし、ガンマ線による間接観測や空間揺らぎの直接観測が、この10年間で進展してきた。特に、松本氏や松浦氏らの国際共同研究グループによる直接観測を目的としたロケット実験のCIBERやCIBER2により、新たな知見がもたらされようとしている。これらにガンマ線望遠鏡による観測を組み合わせ、多角的に研究を進めることで、今後、近赤外線背景放射超過の謎に迫ることができるであろう。松浦周二氏(関西学院大学)には本稿執筆の上で貴重な意見を頂いた。この場を借りてあらためてお礼申し上げたい。

(いのうえ・よしゆき)

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