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宇宙科学の最前線

低重力環境における沸騰冷却現象 東京大学 大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 准教授 姫野武洋 JAXA宇宙輸送ミッション本部 射場技術開発室 主任開発員 更江 渉

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観測ロケットを用いた低重力実験

 このような背景から、実機による地上試験や軌道上試験に加え、各種の基礎試験と数値解析を、従来にも増してしっかりやろうということになりました。JAXAと大学の混成チームにより基礎試験の計画()が練られ、「ロケット慣性飛行中の二相流挙動および熱伝達特性の観測実験」(代表:東京大学)として提案されました。実験では、観測ロケットS-310-43号機による弾道飛行で実現される加速度環境(約150秒間、10-3〜10-2G)で、液体酸素と似た物性を持つ液体窒素を用いて、

  1. 低重力環境で極低温流体が沸騰を伴いながら複雑流路を通過する流れ場を実現
  2. 気体単相流から気液二相流を経て液体単相流へ至る流動様式の遷移を可視化
  3. 複雑流路の上下流配管における気液体積割合(ボイド率)を計測
  4. 温度・圧力計測に基づき、その間の伝熱特性と圧損特性を取得
  5. することを目標に掲げました。今回は詳しく触れませんが、先行実施した地上実験と観測ロケット実験で取得されたデータをもとにして、

  6. 流路網解析や数値流体解析(CFD)などの数値解析手法に組み込まれた気液界面熱伝達と相変化モデルを改良
  7. 数値計算で実現象の再現を試みる作業を通じ重力感度を持つ伝熱特性と圧損特性の定量予測手法の確立

につなげることを企図しています。

 観測ロケットに搭載された供試体の模型流路を図2に示します。透明なポリカーボネート製で、流路内の様子を外から見えるようにしました。図3のように、流路形状はやや複雑であり、絞り部、行止部、分岐管は、それぞれ実機におけるポンプ側軸受、タービン側軸受、トリクル予冷排出ライン入り口に対応しており、絞り部により流路が上流室と下流室に隔てられています。

図2 模型流路外観
図2 模型流路外観 [画像クリックで拡大]


図3 模型流路と実機ターボポンプ軸受室との対応
図3 模型流路と実機ターボポンプ軸受室との対応


 模型流路のほか、液体窒素の貯蔵タンク、ヘリウム気蓄器、排液蒸発器などの実験ペイロード(PI)は、直径約30cmの限られた空間に収納されなくてはなりません。そのため完璧な断熱はあえて追求せず、侵入熱で揮発してしまった液体窒素を打上げ直前に補充填して満載状態とし、大気圧から約0.65MPaまでタンクを昇圧した上で、沸点に対する温度余裕(サブクール度)を持たせた状態で打ち上げる方針を採りました。このようなPI側の作業を実現できるよう、柔軟に打上げ手順を組み替えてくださった宇宙研の方々の知恵と経験には大変頭が下がります。


複雑流路内の沸騰二相流観察結果

 観測ロケットS-310-43号機は、2014年8月4日23時00分00秒、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられました。ロケットの飛翔ならびに搭載機器の動作は正常に行われ、機体は内之浦の南東海上に着水しました。

 実験データのうち、流量を1g/秒に設定した模型流路の絞り部と下流室を撮影した画像を図4に示します。送液開始から50秒後(b)と80秒後(c)に撮影された画像で、左が飛行実験、右が対応する地上実験のものです。地上実験での重力は、画像の下向きに加わっています。また、上流室のAと下流室のBの位置で計測された固体壁内の温度変化を図5に掲げます。

図4 液体窒素沸騰対流現象の可視化画像
図4 液体窒素沸騰対流現象の可視化画像 [画像クリックで拡大]


図5 模型流路固体壁の温度変化
図5 模型流路固体壁の温度変化 [画像クリックで拡大]
図4の上流室の位置Aと下流室の位置Bの温度を示す。


 送液開始時(a)、模型流路と上流配管の固体壁はほぼ常温ですが、上流配管がタンクに近い側から順次液温付近まで冷やされると、模型流路に液体がやって来ます。送液開始50秒後(b)には、上流室は沸騰を伴う気液二相流となっており、液体窒素の一部は絞り部のスリットを通って下流室の行止部へ向けて噴射されていることが、図4から分かります。地上実験の場合、液体が重力に逆らって噴射されるので、なかなか行止部の壁に届きません。一方、飛行実験では、噴流は慣性によりやすやすと行止部へ達した後、下流室の内壁全体をぬらしています。流路が全体的に白く不透明に映っているのはそのためです。図4の送液開始80秒後(c)を見ると、下流室での違いが際立ってきます。地上実験では、分岐管の高さの位置に液体窒素の液面が明確に形成され、位置Bを含めて行止部付近には液体窒素が届いていません。このため、図5に示す位置Bの温度TBがなかなか下がらないことも、納得がいきます。対する飛行実験の場合、下流室の内壁全体が液体窒素に覆われ、温度TBは液温へ向けて一本調子に冷えていきます。また、沸騰で発生した気泡は伝熱面にとどまることなく、互いに合体して大きな気泡を形成することが認められました。


※JAXAの宇宙輸送ミッション本部、航空本部、情報・計算工学センター、東京大学、早稲田大学により計画された。

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