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宇宙科学の最前線

衛星ツアーの「ミッションデザイン」 インターナショナルトップヤングフェロー
Stefano Campagnola

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 初期に検討されたエウロパ探査計画から最新のJUICE計画まで、これまでに提案されてきたどの衛星探査計画でも、旅の始まりは共通です。ロケットで打ち上げられた宇宙機は、まず目標の惑星に向かう長い道のりに就き、数年後、惑星に到着した宇宙機は、主エンジンを逆噴射して減速し、惑星を周回する軌道に入ります。このときの減速量は、惑星の重力に捕らえられるために必要最小限の量なので、宇宙機が最初に投入される軌道は、惑星を半年かけて周回するような大きな楕円軌道になります。ここを起点として、ミッションごとに異なる注文を満足するように、数多くの衛星フライバイを組み合わせたさまざまなバリエーションの衛星ツアーが始まります。

 ここでは、衛星ツアーの一例として、海王星探査の軌道を取り上げましょう(表紙)。この軌道は、海王星探査ミッションが目指すべき科学テーマを明らかにするために、JAXAが主導し、世界中の150人もの科学者が検討したミッション構想の中で設計されたものです※2。海王星を理解するためのさまざまな科学テーマの観点から、軌道計画に示されたリクエストは以下のようなものでした。


 @海王星の極域を遠隔観測し、幅広い緯度帯の磁場、その太陽風との相互作用を計測するため、大きな軌道傾斜角を持つこと。
 A太陽との位置関係による磁場の変化を観測し、また海王星や衛星による太陽掩蔽の機会を得るため、さまざまな太陽地方時(太陽と海王星を結ぶ方向から測った経度)を通過すること。
 B異なる条件下で潮汐効果を計測するため、衛星トリトンとフライバイする位置は、その公転軌道上に広く分布すること。
 Cトリトンの全球を観測するため(重力場・磁場の計測、表面・地下の遠隔観測)フライバイ時にはトリトン表面のさまざまな領域上空を通過すること。
 Dトリトン大気のその場観測のため、低い高度でトリトンをフライバイする機会があること。

 表紙に示す海王星の衛星ツアーは、この多様で複雑な要求のすべてを満足するもので、3つのフェーズから成り(赤、緑、黄の軌道)、2年間に55回、トリトンをフライバイします。海王星最大の衛星トリトンは、それ自身が重要な科学的研究の対象(この衛星はおそらく海王星に捕獲されたカイパーベルト天体であり、地下には液体の水の海があると考えられている)であるだけでなく、厳しいミッション要求を満足する衛星ツアーを実現させるために、我々が使用できる強力な軌道変換エンジンでもあるということがよく分かります。


 衛星ツアーのミッションデザインでは、ミッションの制約を満足しつつ、その成果が最大になるように、数多くの設計変数を調整し、選んでいきます。図1に示すグラフは、海王星衛星ツアーの設計に使用したツールの一例です。見るからに複雑なものですが、これでも衛星ツアーにおける軌道の推移を単純化したもので、複雑なプロファイルの設計では、とても重宝します。グラフの縦軸・横軸には、最も自由度が高い設計変数である、フライバイ後のトリトンとの相対速度の方向を定義する2つの角度(ポンプ角、クランク角)を取ります。ほかの設計変数が指定されていれば、グラフ上の点と海王星を周回する軌道が1対1に対応することになります。表紙に示すような、さまざまな軌道を渡り歩く衛星ツアーは、このグラフ中では点列(フェーズによって赤、緑、黄色)として表現され、点間の移動、すなわち軌道間の移行は、トリトンとのフライバイで実現されます。グラフにはさまざまな情報が書き込まれていて設計を助けます。灰色に塗られた領域の軌道は、海王星やそのリングと衝突するため、選択できません。たくさんある楕円は、1回のフライバイで飛び移ることができる軌道の範囲を表しており、点列状の隣り合う点を配置するときに参照されます。垂直の破線は、トリトンとの共鳴軌道(軌道周期が整数比になっている軌道)を表し、短い間隔でフライバイを重ねるために、この線上の軌道を選択します。最後に、灰色の破線は、海王星赤道面に対する軌道傾斜角の等高線を表し、各軌道が@の条件をどれだけ満足しているかの情報を与えます。


図1
図1 海王星衛星ツアーの設計に用いたポンプ角─クランク角グラフ
グラフ上の各点が、海王星を周回する軌道に対応する。



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