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宇宙科学の最前線

「はやぶさ2」搭載ハニカム構造軽量高利得平面アンテナ 東京工業大学大学院 電気電子工学専攻 准教授 宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系 客員准教授 広川二郎

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ラジアルラインスロットアンテナ

 図2に「はやぶさ2」搭載高利得平面アンテナとして用いられているラジアルラインスロットアンテナの写真と構造図を示します。ラジアルラインスロットアンテナは、1980年に後藤尚久 東京工業大学名誉教授により発明され、衛星放送受信用高効率平面アンテナとして実用化されました。 2枚の円形導体板を誘電体を介して挟み込んでラジアルラインを構成し、その中心部に設けられた同軸線により給電(アンテナに電波として発信する信号を入力すること)する簡単な構造です。同軸線より給電された電波は外向きの円筒波となってラジアルライン内を伝搬する間に、上部円形導体板に開けられた数多くの細い窓、すなわちスロットから外部へ放射されます。

 通信分野では、電界の向きが時間とともに回転する電波(円偏波といいます)が、衛星の姿勢が変わっても安定に通信できる点で適しています。直交する2つの線状スロットを1/4波長ずらして配置する(これをスロットペアといいます)と、X軸とY軸に90度の位相差の単振動を加えると円運動が生じる原理と同じように、円偏波が発生します。また、正面方向へ電波を放射するため、スロットペアがらせん状に並んでいるのです。アンテナには約1万5000個のスロットペアが設けられていますが、各ペアから放射する電波の振幅と位相を制御するために、各スロットの長さ、間隔を微妙に変えています。

図2 X線観測衛星のXMM-Newton(欧州)およびChandra(米国)で撮像したパピスA超新星残骸のX線画像
図2 X線観測衛星のXMM-Newton(欧州)およびChandra(米国)で撮像したパピスA超新星残骸のX線画像
図2 ハニカム導波路を用いたラジアルラインスロットアンテナ


ハニカム構造ラジアルラインスロットアンテナ

 ラジアルラインスロットアンテナを衛星搭載用として軽量化するために、ラジアルラインを図2(b)で示すようなハニカム構造で実現しました。東京工業大学の安藤真 教授の指導のもと、NEC東芝スペースシステムの協力を得ながら設計、試作、評価を進めました。

 まず、Xバンドアンテナを8.4GHzで設計しました。実際のアンテナでは導波路がハニカム構造になっており、円形の導体板上に数千個のスロットペアがらせん状に設けられます。これらを正確に考慮して解析、設計するのは困難です。そこで、いくつかの近似を導入しました。スロットペアのらせん状配列は円板の外周に行くに従って曲率が大きくなります。解析では、その曲率を無視した格子状配列に置き換えました。さらに、横方向での電磁界の周期性を仮定して電波の進行方向だけを取り出した1次元アレーモデルを導入しました。

 また、アンテナの全体設計においてハニカムコアの六角形の形状や厚みまで考慮することは困難なので、簡易な設計モデルが必要です。ハニカムコアの六角形の周期は1/4インチ(6.35mm)と8.4GHzでの波長(35.69mm)に比べ十分小さいので、厚さ5mmのハニカムコアの部分は比誘電率1.03の等質の誘電体層で置き換えました。しかし、スロットアンテナの直下にある厚さ0.36mmのスキンはスロットアンテナの放射特性に影響を与えるので、比誘電率3.10の別の層として設計の際に考慮しました。

 ハニカムコアの材料は、Quartzと呼ばれる伝送損失が小さい材料です。ハニカム構造の導波路の伝送損失は1cm当たり0.03dBと小さい値を実験で確認できました。直径92cmのアンテナで重さは1.16kgと軽く、利得35.9dBiを58.7%のアンテナ効率で実現しました。これを「はやぶさ」に搭載された直径1.6mのパラボラアンテナと比較してみます。「はやぶさ」のパラボラアンテナは、利得は37.0dBiで重さは6.8kgです。「はやぶさ2」の平面アンテナでは、利得は22%低く(1.1dB低下)なりましたが、重量は83%も軽量化できました。

 次にKaバンドアンテナを32.0GHzで設計しました。初めに、Xバンドアンテナと同じようにハニカムコアの周期が1/4インチのものを用いて導波路内の電磁界分布を測定しました。周方向にハニカムコアの六角形状に起因すると思われる六角形の振幅分布が観測されました。32.0GHzでの波長が9.37mmと小さくなり、ハニカムコアの周期が1/4インチ(6.35mm)では大き過ぎるためと考えられます。そこで、ハニカムコアの周期を1/8インチ(3.17mm)と小さくしました。しかし、現時点で周期が1/8インチのハニカムコア材料は、Nomex(R)というQuartzに比べて伝送損失が大きいものしか入手できないことが分かりました。そのため、ハニカム構造の導波路の伝送損失は1cm当たり0.16dBと大きくなりました。直径90cmのアンテナで利得44.6dBiを実現しましたが、損失が3.7dBあり、その多くはハニカムコアによると考えられます。



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