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宇宙科学の最前線

フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡で探るフェルミ加速の物理 立教大学理学部物理学科 准教授 内山 泰伸

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 2008年に打ち上げられたフェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡は、宇宙分野の研究者と素粒子実験の研究者が連携して開発したガンマ線観測衛星であり、過去の衛星に比べて圧倒的に高感度のガンマ線観測を実現しています。主検出器であるLAT(Large Area Telescope)の開発と運用は、米国SLAC国立加速器研究所がホスト機関となって、日米欧の国際協力で進められてきました。LATはさまざまな種族の天体からのガンマ線を新たに検出し、ガンマ線天文学を大きく躍進させています。

 筆者は本年3月末までSLAC国立加速器研究所において宇宙ガンマ線観測の研究に従事してきました。特に興味を持っているのは宇宙の無衝突衝撃波における高エネルギー粒子加速現象です。本稿では、私たちの行っているフェルミ衛星による粒子加速の研究を、超新星残骸のガンマ線観測に焦点を絞って紹介します。また、日本が主導して開発中で筆者も参画している次期X線天文衛星ASTRO-Hに対する展望も簡単に述べたいと思います。

宇宙における粒子加速

 宇宙の彼方から地球に飛来する高エネルギー粒子、宇宙線がどこでどのようにしてつくられているのかという問題は未解決ですが、数千テラ電子ボルト(テラは10の12乗)以下のエネルギーの銀河宇宙線は、超新星残骸の無衝突衝撃波によって生成されているという説が有力となっています。星の壮絶な最期である超新星爆発によって、星の外層は超音速で星間空間を膨張し、超新星残骸を形成します。膨張する爆発放出物によって駆動された無衝突衝撃波が、高エネルギー粒子を加速するのです(超新星残骸についてはこちらの記事もご参照ください。
ISASニュース2012年4月号「宇宙科学の最前線:X線で探る超新星残骸(勝田 哲)」


 また、実際に宇宙線の起源であるかどうかは別として、星から銀河団にわたるさまざまなスケールの天体で、宇宙線のような高エネルギー粒子の生成が観測されています。多くの場合、やはり衝撃波が粒子加速の現場になっていると考えられます。従って、衝撃波における粒子加速の機構を理解することは、宇宙物理学の重要課題といえます。

フェルミ加速

 無衝突衝撃波における粒子の加速メカニズムは、フェルミ1次加速あるいは衝撃波統計加速と呼ばれる巧妙な物理機構です(図1)。磁気波動によって散乱されながらフラフラと「酔っぱらい歩き」をする荷電粒子が、衝撃波面の前後を何度も往復することにより倍々ゲーム的にエネルギーが増幅されていく粒子加速メカニズムです。20世紀を代表する物理学者エンリコ・フェルミが提唱した、星間空間における統計的な粒子加速のメカニズムを衝撃波に適用したものになっています。図1のように超新星残骸の衝撃波からシンクロトロンX線が放射されていることから、電子が数十テラ電子ボルトまで加速されていることが分かります。ヒッグス粒子を発見した大型ハドロン衝突型加速器(LHC)でさえ陽子ビームのエネルギーは7テラ電子ボルトであり、天然の加速器がこれを軽々と超えているのは驚くべきことだと思います。

図1
図1 ティコの超新星残骸とフェルミ加速の模式図
左:X線衛星Chandraで撮像されたティコの超新星残骸。青色はシンクロトロン放射に対応し、そのほかの色は熱的放射の分布を示す。
右:衝撃波におけるフェルミ1次加速の模式図。高エネルギー粒子(宇宙線)は衝撃波面を往復するたびに一定の割合でエネルギーが増加する。


 フェルミ加速の研究は近年大きく進展していますが、まだ理論的にも観測的にもよく分かっていないことが多々あります。そのことが宇宙線の起源を解明する上でも障害となっているのです。特に粒子の加速機構の「入口」と「出口」が問題となっています(図1)。熱的粒子がどのようにしてフェルミ加速のプロセスに入るのかというのが、「入口」の問題です。これはLHCでいえば、入射ビームをどうつくるのかということになります。この点が理論的に未解明なため、衝撃波でどのくらいの量の高エネルギー粒子が生成されるのか明確ではありません。一方、加速された粒子がどのようにしてフェルミ加速プロセスを終えるのか、すなわち「出口」は、最高到達エネルギーを理解する上で、そして宇宙線の超新星残骸起源説を検証する上で、鍵となる部分です。粒子加速に伴う乱流磁場の増幅が「出口」に与える影響や、星間ガス中の中性粒子の効果などが問題を難しくしています。これらの諸問題に対する解答は理論と観測の両面から追求されていますが、ここで紹介するのはガンマ線観測からのアプローチです。

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