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宇宙科学の最前線

次世代赤外線天文衛星SPICAが目指すもの 宇宙物理学研究系 教授 中川 貴雄

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惑星系のレシピ

 SPICAのもう一つの大きな課題は、我々の住む惑星系がどのように生まれてきたかを明らかにすることです。特に、我々の太陽系にとどまらず、太陽系以外の惑星系、特に惑星を今まさにつくっているような「過去の太陽系」に相当する惑星系を調べることで、惑星系の形成の現場を直接に明らかにしようとするものです。

 「あかり」の中間赤外線全天サーベイデータにより、塵円盤を持つ恒星が複数発見されました。この塵円盤は、惑星に成長しつつある天体同士の衝突により生じたと考えられています。ただし、「あかり」以前に発見されていた塵円盤のほとんどは、中心の恒星からの距離が遠いため、惑星形成との関係は明確ではありませんでした。一方、「あかり」の観測では、まさに地球に近い環境に位置する塵円盤の存在が確認されました。これは地球に似た惑星の存在と強く関連するものと考えられます。これらの塵円盤を持つ恒星の観測は、まさに過去の太陽系の姿を見ていることに相当すると考えられます。

 ただし、「あかり」の観測では、塵円盤の存在は分かりましたが、その構造までは分かりません。さらに、その中で生まれている可能性のある惑星の姿そのものを捉えることもできていません。

 そこで「あかり」が発見した塵円盤の構造を、SPICAで明らかにします。

 現在の太陽系には、木星のような「ガス惑星」と地球のような「固体惑星」という異なる種類の惑星が存在します。その違いを生んだことを説明する惑星形成の現在の標準的なモデルは、「コア集積モデル」です。コア集積モデルでは、ガスと固体とが、それぞれ別の進化の過程をたどって惑星をつくったと考えられています。SPICAでは、高感度の赤外線観測により、固体物質とガスの両者の進化を同時に追求することができます。これにより、コア集積モデルの直接的な検証を行いたいと考えています。

 さらに、SPICAの挑戦的な観測の一つに、私たちの太陽系以外の惑星系の、惑星そのものの直接観測があります。特にSPICAで重要な点は、分光観測により惑星の大気組成を調べることができると期待されていることです。生命と結び付きの深い「水」「酸素」「二酸化炭素」の存在を探ることができる可能性もあります。もし、地球以外の惑星の大気でこれらの分子が検出されれば、惑星における生命の発生に関して貴重な情報を得ることができるでしょう。

宇宙における物質循環

 現在の宇宙を構成している元素の大半は、水素とヘリウムです。一方、宇宙の多様性を生んでいるのは、それ以外のいわゆる「重元素」です。これらの重元素は、「あかり」の観測などにより、原子ガス・分子ガス・固体微粒子などの多様な物質形態に姿を変えながら、現在の宇宙の姿を形づくってきたことが分かっています。

 ただし、「あかり」では、個別の天体を詳しく調べ、宇宙における物質循環の個別プロセスまで明らかにすることは困難でした。一方、SPICAでは、その高い空間分解能を活かして、個々の天体構造を明らかにできます。具体的には、近傍銀河を構成するさまざまな進化段階の星々や分子雲の構造、超新星爆発などに伴う星間衝撃波領域などを分解し、多様な宇宙環境でのガス、ダストの物質状態を測定分析し、物質循環の描像を得ることができると期待されています。これらの物質が、銀河、星、惑星の材料となり、宇宙の多様性を生んだと考えられているのです。

国際天文台SPICA

 上記のように、SPICAは現代天文学が抱える大きな課題に挑戦するミッションであり、世界中の天文学者がその実現を待望しているものです。その実現には、冷却技術など日本の技術が欠かせません。そのため、SPICAは日本を中心とする国際天文台として提案されています。欧州は重要なパートナーであり、欧州の宇宙科学の長期計画(ESA Cosmic Vision)の中でSPICAへの参加のための研究が行われています。米国においても、天文学・宇宙物理学の長期計画(ASTRO2010)の中で、米国のSPICAへの参加が強く推薦されました。さらに、韓国、台湾というアジアの国・地域との協力が含まれることもSPICAの特徴です。

 世界中の天文学者の期待に応えるべく、SPICAの研究開発を鋭意進めています。今後とも皆さまのご支援をよろしくお願い致します。

(なかがわ・たかお)



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