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宇宙科学の最前線

太陽系プラズマ科学と天体物理学を橋渡しする土星探査機カッシーニでの成功例 JAXAインターナショナルトップヤングフェロー Adam Masters

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 第二の成功例は、土星磁気圏の境界における観測から得られました。磁気圏境界とは、惑星固有の双極子磁場が卓越する領域(磁気圏)とその外側の世界との境界であり、どの惑星磁気圏においても見られる境界です。太陽風は衝撃波で減速された後に、この境界面の周囲を回るようにして流れ去ります。基本的に磁気圏境界はその内側を太陽風から守る役割をしているのですが、境界面上で、この遮蔽効果を破るようなプラズマ物理過程が起動することがあります。そのプロセスを理解することは、どのようにして磁化惑星システムに太陽からエネルギーが流れ込むのかを理解する上で、最も重要です。

 その有力プロセスの一つが磁気リコネクションです。磁場エネルギー解放過程としての磁気リコネクションは粒子を加速しますが、同時に磁力線トポロジーの変換過程でもあるので、境界面の遮蔽を破って磁気圏内の磁力線と太陽風磁場をつなぎ合わせ磁気圏内のプラズマ対流を駆動し、太陽プラズマを磁気圏内へと流入させます。実際、地球磁気圏では、磁気圏境界での磁気リコネクションが磁気圏・太陽風相互作用の主要駆動源であることが知られています。では、ほかの惑星の磁気圏境界ではどうなのでしょうか?

 磁気圏境界の外側には、ショックで減速・加熱された太陽風プラズマがあります。土星の場合、地球と比較してショックが強いことはすでに述べましたが、そのためにプラズマのエネルギー密度が磁場のエネルギー密度に比較して大きい値になります。このとき、磁気リコネクションを継続させるような空間構造を掃き流すような流れがつくり出され、磁気リコネクションの効果は弱まります(図3)。

図3
図3 土星磁気圏境界での磁気リコネクションの様子
土星では、境界の外側(マグネトシースと呼ばれる側)でのプラズマ圧力が高くなり、それは赤矢印で示される、磁気リコネクション領域を掃き流す動きを誘導する。そのため、磁気リコネクションの効果は弱まる。


 これは重要な結論です。というのは、磁化惑星であれば、地球でそうであるように、磁気リコネクションが起こって磁気圏・太陽風相互作用が起きているのだろうという安易な類推が許されないことを示すからです。特に太陽系内では、太陽から遠い惑星ほどショックが強くなるので、磁気圏境界では磁気リコネクションにより不利な条件が課されることに注意しなければいけません。外惑星の磁気圏境界においては、磁気リコネクションは磁力線形状が最も適した箇所だけで起こるということを考える必要があるということです。これは、観測からよく知られている、地球での様相と大きく異なります。

 また、この発見は、系外惑星の宇宙環境を考える際にも考慮に入れなければならないでしょう。太陽以外の星の周囲に多くの系外惑星が見つかってきていますが、これらは磁化しており、かつ、中心星からの星風(太陽風と同様なもの)を受けていると考えられます。そのような、やはりはるか遠方にあって「その場」観測が不可能な惑星システムへのエネルギー流入を考えるときには、磁気圏境界での磁気リコネクションの性質は考えるべき重要な要素でしょう。そして、このことはその惑星が大気を保持して生命生存可能性を持つか否かに関連してくるかもしれません。

 太陽系を舞台にした宇宙プラズマ研究は発展しており、土星システムで詳細な観測を実施するカッシーニは、我々の宇宙プラズマ物理体系の基盤を再整備するような、大きな発見を可能にしてくれています。これらの知見は、太陽系の宇宙環境(宇宙天気)の理解を促進するだけでなく、科学的に大きな魅力を持ちながらも遠方にあって「その場」観測によるデータが入手できない天体に関する研究を進めることにも役立つのです。

(アダム・マスターズ/日本語訳:藤本正樹 太陽系科学研究系 教授)



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