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宇宙科学の最前線

太陽系プラズマ科学と天体物理学を橋渡しする土星探査機カッシーニでの成功例 JAXAインターナショナルトップヤングフェロー Adam Masters

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 土星磁気圏前面でのショックの同定そのものは、新しい発見ではありません(図1)。新しいことは、土星での太陽風の状態が土星磁気圏前面のショックを強くする傾向にあること、言い換えれば、地球での観測例よりもはるかに大きなマッハ数を期待させることから生まれます。マッハ数が大きなショックではより大きなエネルギー変換が起きるので、その一部が超高エネルギーの粒子をつくり出すこと(粒子加速)に活用されることが期待できます。この意味で、土星前面の衝撃波はショックにおける高エネルギー粒子加速現象を理解するための素晴らしい天然の実験室である、ということができるのです。

 ショックにおける粒子加速」は、天体物理学における大きなテーマです。というのも、我々の銀河系空間は「宇宙線」と呼ばれる高エネルギー粒子で満たされているのですが、それらは強いショックにおいてつくり出されたのだと考えられるからです。超新星爆発が起きると強い爆風が発生しますが、それに伴うショックにおいて電子は超相対論的エネルギーまで加速されていると考えられ、その物理機構を追求すべく理論・シミュレーション研究が熱心に行われています。また、観測的にはX線などによるリモート観測が実施されています。しかし、昔からの謎である宇宙線の起源の問題は決着していません。

 地球はおろか、土星においてすらめったにないことですが、土星前面のショックが超新星残骸のショックと同程度の大きなマッハ数を持つことは、あり得ます。もし、カッシーニがそのようなショックを「その場」観測すれば、そこからは(我々が生きているうちにはあり得ない)超新星残骸での「その場」観測に匹敵するデータが得られるはずです。

 2007年2月3日、カッシーニは強まった太陽風が押しつぶした磁気圏の前面でショックを通過し、そのマッハ数が通常値よりも高いものであり、超新星残骸で期待される値に近いものであることを確認しました。また、このとき、ショック上流(太陽側)の磁力線は、ショック面に突き刺さるような形状(ショック面法線方向に平行なので、「準平行形状」と呼ばれます)でした(図2)。

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図2 ショック上流の磁場の状態
青線が磁力線であり、赤矢印がショック面法線方向を示す。上段が準平行状態、下段が準垂直状態。高マッハ数の準平行ショックで相対論的電子の加速が検出されたことが、今回の大きな発見である。(提供:ESA-C.Carreau)


 太陽系において通常に観測されるマッハ数のショックにおいては、電子加速は準相対論的エネルギー範囲に限られます。また、それは「準垂直形状」(上流の磁力線がショック面法線方向に対して垂直)のショックにおいては見られるものの、準平行における観測例は皆無でした。それに対して、この2007年2月3日の準平行の例において初めて、カッシーニは電子が相対論的エネルギーまで加速されていることを見いだしたのです。どうして、このような対照的な結果が得られたのでしょうか。それは、今回のショックのマッハ数が、太陽系における先行観測例が皆無であるほどに、異常に高いものであったことが理由だと考えられます。

 マッハ数が超新星残骸での値に近い太陽系内のショック観測事例において、相対論的電子が「その場」観測で見いだされたことは、超新星残骸でも準平行ショックにおいて電子加速が効率的に起こることを意味します。これは、従来の太陽系内での観測例から外挿して得られる結論ではないことに注意が必要です。また、はるか遠方にある超新星残骸での磁場形状を知ることは極めて困難です。今回の結果は、今後の粒子加速の研究に大きなインパクトを与えるものだと考えられます。

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