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宇宙科学の最前線

観測角度による月の明るさと色の変化 国立環境研究所 環境計測研究センター 環境情報解析研究室 横田 康弘 特別研究員 / 松永 恒雄 室長

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研究成果の利用

 月の測光補正を高い精度でできるようになったことは、まず何といっても今後のSPデータを使った科学解析に役立ちます。しかし、それだけでなく、波長範囲が重なるほかの観測にも役立ちます。すでに「かぐや」搭載のマルチバンドイメージャの画像を測光補正するために、SPで得た係数が使われています。ほかの月探査機のデータの測光補正に使うことも期待できます。さらに、SPによる月の反射率データや測光補正式と合わせることで、ほかの惑星探査機や地球観測衛星にも利用できます。惑星探査機は、地球や月でスイングバイするときに、月を使って搭載光学観測機器の性能チェックをすることがあります。地球を周回する地球観測衛星でも、時折、性能の経年変化チェックのため姿勢を反転させて月の観測も行われます。これまでは、月の明るさを任意の月面・位相角・波長で予測するには限界がありましたが、SPデータで状況は改善され、今後の幅広い宇宙機の観測に陰から貢献できるでしょう。

全球地図

 最後に、本研究の副産物を紹介します。我々は、補正法の適用性確認の一環として、緯経度1度や0.5度メッシュ(マス目)の全球月反射率地図をバンドごとに作成しました。緯経度の幅が1度というのは、月の赤道では約30kmに相当します。SPはカメラではありませんが、このように各マス目内を観測したデータを集めることで、全球地図画像をつくることができました。作成した波長範囲は0.51〜1.65μmで、160バンドが含まれています。表紙の画像(0.5度メッシュ)は、4つのバンド(0.51、0.75、0.95、1.55μm)の組み合わせで月の可視・近赤外光で見た「色」を強調したものです。「かぐや」レーザー高度計による地形データの陰影を重ねてあります。月面は、実はさまざまな色変化があることがお分かりいただけると思います。

 ところで、出来上がった地図を見ると、驚いたことに、月の南北約75度以上の高緯度では反射スペクトルの傾きが通常平均に比べて緩い(つまり、比較的「青い」)領域が集まっていることが分かりました(図2)。過去の研究で「補正ミスではないか」とみんなが考えていたものは、実は本当に月面の特徴なのではないか、というのが我々の主張です。「青い」ということは、宇宙風化(太陽風や微小隕石の衝突にさらされて、分光特徴が変化する現象)を受けた度合いが少ないことを示します。なぜこんなことが起きるのか? 高緯度地域だけが隕石により選択的にたくさん掘り返されて、新しく現れた表面でできているということはなさそうです。考えられるのは、高緯度地域では宇宙風化の進行速度がほかより遅くなっているということです。宇宙風化のプロセスには、太陽風でもたらされるプロトン(陽子)が関わっていると考えられています。高緯度地域は太陽に対して大きく傾いていますから、プロトンの供給密度がほかの地域より少なくなっていても不思議ではありません。今後はこうした青い地域の分布をより細かく調べ、宇宙風化との関連を調べていこうと考えています。

図2
図2 反射スペクトル全体の大まかな傾きを示した図
ティコクレータのまわりの衝突放出物による線状の地形(光条)などは、宇宙風化を受けていないため「青く」なっている。しかし、それ以外にも高緯度地域が青くなっていることが分かった。


(よこた・やすひろ/まつなが・つねお)



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