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宇宙科学の最前線

観測角度による月の明るさと色の変化 国立環境研究所 環境計測研究センター 環境情報解析研究室 横田 康弘 特別研究員 / 松永 恒雄 室長

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「かぐや」SP観測データの解析

 「かぐや」のSPは、高度100kmの軌道から月面を、瞬時視野約500m、約0.5μm〜2.6μmの波長範囲を数nm(1nm=1000分の1μm)おきに観測しました。「かぐや」が月を約20ヶ月で約7000周回する間に、SPは約7000万地点の分光観測データ(各波長での反射光強度)を取得しました。しかし今までの実用的補正法は1μmより短い波長で、しかもとびとびの数バンド用のもののみでした。我々にとっては、それぞれのSP観測波長で利用できる位相曲線が必要なので、SP観測データ自身から位相曲線を求めることにしました。測光補正の位相曲線は、位相角と月面の明るさの関係を表す曲線です。基本的には、位相角の順に観測した反射光強度を並べてやれば、その経験的な曲線形が得られます。しかし、反射光強度は月面の反射率分布にも左右されるので、反射光強度という1種類のデータから位相曲線だけを取り出す工夫が要ります。

 さらに、低太陽高度のデータへの補正法も問題です。従来、月の反射スペクトル研究の分野では、1994年に月を観測した米国のクレメンタイン探査機のマルチバンド画像が広く役立てられてきました。しかし、月高緯度地域(常に低太陽高度の場所)のクレメンタインデータの解析は測光補正の問題に邪魔されてきました。例えば、60度よりも高緯度では、予想される反射率より約20%も高くなっており、信頼性に疑問があるという報告がありました。また、月の南極については、補正ミスで変な色に見えているのではないか、との可能性が指摘されていました。

 本研究も、反射率分布の地域偏りと低太陽高度データの問題に突き当たりました。我々は当初、月の裏側で赤道から北極まで観測したある周回のSPデータを位相角順に並べて、位相曲線を得ようとしました。しかし、得られた位相曲線は、70度以上の大きい位相角で期待より高い値になる奇妙な曲線でした(図1)。これは高緯度地域から取得されたデータなのですが、そもそもSPは高緯度を大きい位相角以外では観測できないため、これが正しい位相曲線なのか、月面の反射率分布のせいなのか、判別できませんでした。

図1
図1 「かぐや」のスペクトルプロファイラ(SP)によって得られた位相曲線
波長は0.75μm。縦軸は位相角30度での平均を1に合わせている。灰色のデータは4500周回目の観測データを位相角順に並べたもの。月面にさまざまな反射率の物質があるため、位相曲線がはっきりしない。全SPデータから新開発の方法で選別することで、赤いデータのように正しい位相曲線(高地用)が求められた。


 そこで、我々はやり方を改めました。解析対象の月面の範囲を、基準の位相角(30度)付近での観測データがある領域に限りました。その上で、基準位相角の観測を手掛かりに、前もって同程度の反射率のそろった地域だけを選び出そうという意図です。そうすると、対象領域は緯度約40度より赤道側に絞られます。この範囲の月面を、0.75μm波長での観測データを使って、反射率に応じて約50段階に細かく分けました。反射率でグループ分けしたのは、反射率分布の影響を除く目的のほかに、位相曲線の形に反射率依存性があるからという理由もあります。曲線の形の違いは、位相角が小さくなると月面が急に明るくなる現象「衝効果」の現れる20度あたりで顕著になります。そして最終的には3種類の反射率グループに位相曲線データをまとめ直しました(図1)。この3グループは、「高地・海・その中間」に対応します。このようなデータをほかの波長でも得ることにより、月の衝効果には実際に反射率依存性があることを詳しく示すこともできました。特に波長1μm付近では、鉱物の反射スペクトル吸収帯に相当する衝効果があることも発見しました。

 この位相曲線を用いた測光補正の正しさは、同じ月面を2回以上観測したSPデータを選び出して確かめました。観測時期・観測角度が違っていても、補正後の観測は2%以下の差で一致しました。ただし、「海」の大きい位相角での観測だけは差が2%を超えており、今後の課題です。

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