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宇宙科学の最前線

「超広角コンプトンカメラ」による放射性物質の可視化に向けた実証試験 宇宙物理学研究系 教授 高橋 忠幸 助教 渡辺 伸 ミッション機器系グループ 武田 伸一郎

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1通のメール

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、我が国に大きな傷跡を残しました。大地震に伴う事故によって東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性物質が、国民生活に大きな影響を与えています。この放射性物質を、いかにして除去するかが、我が国にとって重要な課題となっています。

 2011年4月初め、宇宙科学研究所に1通のメールが届きました。それは東京電力からでした。「宇宙でX線を観測する技術で、放射線の強いところ弱いところがどこか、広範囲にわたって一度に見分けることができないでしょうか」という内容でした。実は、私たちのグループは、X線天文学をさらに発展させ、硬X線やガンマ線と呼ばれる領域で新しい天文学を切り開くことを目指し、20年前から大気球実験や、X線天文衛星「すざく」、そして次のX線天文衛星ASTRO-Hを舞台にして、高感度ガンマ線センサーの開発を行っていたのです。震災が起こり、セシウムからの放射線が多くの人々の生活に影響を与えている現実を知るにつけ、私たちが開発してきたセンサーで何とか役に立てないかと思っていた矢先のメールでした。

高感度ガンマ線センサーでガンマ線の飛来方向を知る

 原子力発電所の事故により、ヨウ素131やセシウム134、セシウム137などの放射性物質を含んだ塵が広範囲に飛来しました。放射性物質とは不安定な原子核を含む物質のことを指します。そして、放射性物質中の原子核が崩壊して安定な原子核になる過程で、ガンマ線が放出されます。しかし、このガンマ線の強度が高いと体や環境に悪い影響を及ぼすのです。そのため、早急に放射性物質を含んだ塵を取り除くこと、つまり除染が必要です。それには、放射性物質がどこにあるかを知る必要があります。線量計を持って地面をくまなく探してもよいのですが、それでは時間がかかってしまいます。もし、セシウム137などから直接放射されるガンマ線を見ることができれば、その源となっているセシウム137の場所も知ることができます。ところがそれは簡単な話ではありません。ガンマ線は可視光と異なり、飛んできた方向を知ることが難しいのです。

 現在開発中のASTRO-Hに搭載されるガンマ線センサーは、コンプトンカメラと呼ばれる技術を使っています。このカメラはコンプトン博士が発見したコンプトン散乱の効果(1927年ノーベル物理学賞)を用いたもので、エネルギーの高い光(ガンマ線)が示す粒子の性質を積極的に使うものです。コンプトン散乱では、ガンマ線が電子にぶつかって、その電子に渡したエネルギーと、ぶつかって散乱されたガンマ線に残ったエネルギーとを、反応場所の情報とともに測ることで、入ってきたガンマ線がどちらの方向から来たかを知ることができます。それは例えば、ビリヤードにおいて、はじかれた球がどのように散らばったかが完全に分かれば、たとえ突いた球が目に見えなくても、それがどこからどのようなスピードで飛んできたかが分かるようなものです。ここで重要なのは、最初の反応を測定する検出器と2番目の反応を測定する検出器で検出したエネルギーの和が、放射性物質から直接飛び出るガンマ線のエネルギー(例えば、セシウム137から放出される662キロ電子ボルト)と等しくなっていることです。それによって、放射性物質からのガンマ線が地面や建物で散乱することなく、直接検出器に飛んできたことが保証されるからです。

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