宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 宇宙科学の最前線 > びっくりするコンピュータ

宇宙科学の最前線

びっくりするコンピュータ 宇宙機応用工学研究系 助教 小林 大輔

│3│

 波形を全部見てやろうと野心を抱くことしばし。ある日、学生のころの研究を思い出して、ひらめいた――たった2個のスイッチでできる、と。成果を示そう。図3左を見てほしい。計算素子がびっくりする様子を世界で初めて観測したものだ。

図3
図3 明らかになった宇宙線が計算素子に当たったときの様子
左:SETノイズの観測結果と推定結果。FD-SOI技術でつくったNOTゲート計算素子に超短パルスレーザーで模擬した宇宙線を当てた。
右:SETノイズの幅と宇宙線の強さの関係。200nmや90nmという数字は、テストした素子の基準寸法を表している。つまり、トランジスタスイッチはnm(ナノメートル)という10億分の1mを単位に持つ世界でできている。[1]はバルク技術でつくった素子の結果であり、B. Narasimham et al., IEEE Trans. Nucl. Sci., 54(6), p. 2506 (2007) に報告された実験データを読み取って整理した。FD-SOI技術を想定して導いた直線関係がバルク技術にも見られたことは興味深い。


 赤の点が観測結果だ。放射線が当たった瞬間にびっくりして信号が落ちているのが分かる。図1と違うのは、上下反対ということはさておいて、信号が台形になっている点であって、このあたりが計算素子の特徴だ。

 緑の実線は、素子を構成するトランジスタスイッチを1個だけ取り出して別途測定した結果を使い、先ほど紹介した方法で推定した結果である。両者がよく一致していることが分かるだろう。

 開発した推定方法と測定方法はどれも便利なのだが、これらには越えられない壁がある。宇宙線には強い弱いがあるが、ある強さの宇宙線のときのSETノイズをそれらの方法で調べたとして、ほかの強さの場合はどうなるのだろう。これに答えられない。宇宙線の強さを示すパラメータからSETノイズを予想できる――波形全体ではなくて何か一つのパラメータでもいい――そんな魔法の計算式はないだろうか。実は着手したのはこちらが先で、ノートを振り返ると2005年11月15日に最初の痕跡がある。以後A4ノートを20冊くらい使って計算式が完成したのが2009年。

 式の詳細は割愛するが、一番重要なことは説明したい。宇宙線の強さの指標としてLET(Linear Energy Transfer)というパラメータがある。SETノイズの幅は、このLETパラメータの対数関数として書けることが分かった。つまり、ノイズの幅を2倍にするには10倍強い宇宙線が必要だ。図3右はその様子を示したもので、縦軸にSETノイズの幅、横軸にLETを取っている。横軸は対数プロットであり、1、10、100と等間隔に並んでいる。それぞれの実験結果が直線上に並んでいることが分かるだろう。対数関数の性質を持つからだ。式は物理の理論に基づいて微分方程式を解いた結果である。そう、SETノイズと宇宙線の関係を初めて理論的に陽に説明した。

結び

 SETノイズに関する研究成果を紹介した。それはクールなコンピュータチップがびっくりする様子であり、そんな姿を想像するとどこか微笑ましい――関係者にはおぞましい。宇宙線は姿を変えて地上にも届いているので、SETノイズは地上のチップでも懸念されている。成果を使って少しでもお役に立てるよう努力したい。

 研究は当然のことながら1人で成し遂げたものではなく、多くの人のご支援をいただいた。この場を借りてお礼を申し上げたい。借りたこの場を誰にどう返したらいいのか分からないので、ここまで読んでくれたあなたに返そうと星に願った。抽選で何人に当たるか分からないが、あなたのコンピュータが突然フリーズしたら、それは宇宙から発送された目に見えない小包が届いたのかもしれない。

(こばやし・だいすけ)



│3│