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宇宙科学の最前線

びっくりするコンピュータ 宇宙機応用工学研究系 助教 小林 大輔

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SETノイズ

 この問題は21世紀に入ると新しいフェーズに移った。これを説明するには、コンピュータチップの中身を少し説明しないといけない。図2上を見てほしい。チップは、計算を行う「計算素子」とその結果を保存する「記憶素子」が組み合わさってできている。計算はデジタルで行われ、高い電圧のときを1、低いときを0とすることが多いので、ここでもそうしよう。そもそも計算素子は比較的宇宙線に強かったのだが、性能アップつまり高速化を目指して素子を小さくした結果、弱くなってしまった。図2下のように宇宙線が当たるとびっくりして間違えた結果を出力するようになった。この一瞬びっくりして間違うことを、専門家は「SET(Single Event Transient)ノイズが発生した」という。対策のためには、そのノイズを知ることが重要だ。

図2
図2 計算素子と宇宙線
上:コンピュータチップの中身
下:宇宙線が計算素子に当たった場合


 おや?と思った人はいるだろうか。図1のようにトランジスタスイッチ1個がびっくりする様子、つまり信号の形は分かっている。計算素子がびっくりする様子と何が違うのか。実は、ここに難しさがある。計算素子はトランジスタスイッチが複数組み合わさってできている。宇宙線によってその中の1個のトランジスタスイッチがびっくりすると、隣のスイッチもびっくりして、その隣のスイッチも……と連鎖して最終的に、計算素子の出力に「びっくり信号」SETノイズが表れる。こうして複数のトランジスタスイッチの特性が混ざるため、トランジスタスイッチを1個だけ取り出して調べた場合と様子が異なる。SETノイズ――計算素子がびっくりしたときの信号――は、どんなものなのだろう。

SETノイズを明らかにする

 2005年に宇宙研に就職してSETノイズ問題に取り組むことにした私は、朝のコーヒーを数百杯飲み終えたころ、図1のデータからSETノイズの形を推定できないかと考えていた。ノートによると2006年1月のことだ。さらに数百杯のコーヒーを飲んだ後、ついに推定する方法を完成させた。

 鍵はトランジスタスイッチがびっくりする様子をどうやって調べるかにあった。電流が流れる仕掛けを少し改良する。通常は1種類の電圧を使っていて、例えば図1の信号は1.8ボルトに固定してある。これを少しずつ変えながら、そのときそのときのびっくりする様子を記録しておけばよいと思い付いた。事実、計算素子に組み込まれたスイッチの電圧は時々刻々と変わるので、この効果を取り入れる必要があったのだ。あとはグラフ用紙にその様子とほかのスイッチの特性を描いて鉛筆で交点の軌跡を追うと、SETノイズの形が浮かび上がる。

 推定できるようになったけれど、やはりSETノイズの形を実際に見てみたい。それもできるだけ簡単な方法で。というのも、世の中には「自己同期式フリップフロップチェイン」というものがあり、多くの人がそれを使ってSETノイズを調べている。便利なのだが、1000を超えるスイッチを慎重に組み合わせて設計しなければならず、辛抱が足らない私にはとうてい、つくれそうにない。また、それだけのスイッチを並べてようやく「びっくりした時間の長さ」が測れるという点も気に入らなかった。

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