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宇宙科学の最前線

電気ロケット技術 Game Changing Technology 宇宙輸送工学研究系 教授 國中 均

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 熱電子放出を利用する型式の従前のイオンエンジンは、地球の大気に曝露されると酸素や湿気によって途端に性能劣化する。ところがマイクロ波放電式イオンエンジンは、そのような短所を持ち合わせていない。事実、打上げの2年も前に「はやぶさ」に取り付けられ保管されていたけれど、それは宇宙で十分に機能した。先日、このイオンエンジンの利用拡大を目指すために、機材を米国に持ち込んで運転公開を行った。環境保持や密封などの特殊な手当てをすることもなく3月初めに輸出し、月末に現地で受け取るや開梱を始め、真空タンクに設置、イオンエンジン加速成功までをたった1日で達成した。マイクロ波放電式イオンエンジンは、このような強健性および操作容易性をも備えている。

電気ロケットの応用展開

 20年を経て時代は変わり、NASDAとISASは統合し宇宙航空研究開発機構(JAXA)へと組織は衣替えをしている。さらに宇宙基本法が制定され、宇宙に関わる広範な活動が可能となった。この機を捉え、深宇宙のみならず、国内外の静止衛星や地球周回衛星へもイオンエンジンをはじめとする各種電気ロケット技術を応用展開していきたい。そのためには、さらにもっとたくさんの挑戦や工夫を行わなくてはならないだろう。ここでは、その一端をご紹介しよう。

 イオンエンジンの開発手法で最も手間がかかるのは、耐久性証明である。これまでは実時間による地上耐久試験を行っており、1回当たり2年もの時間を要した。新しい手法として、数万時間級耐久試験でなく、数千時間級耐久試験と数値解析を組み合わせた寿命認定を志向している。イオン加速グリッドの3次元数値解析JIEDI(JAXA Ion Engine Development Initiative)ツールが準備を整えている。


図1
図1 JIEDIツールによるイオン加速とグリッド損耗の3次元計算例
(協力:東京都立産業技術高等専門学校 中野正勝氏)


 図1には、スクリーン/アクセル/ディセルグリッド孔間(孔径2mm程度、グリッド間隔0.5mm程度)において、左から右へ加速噴射されるイオンの軌跡群を示す。イオン源にて生成されたイオン(黄線はイオンの軌跡を示す)はスクリーングリッド孔から進入し、スクリーン/アクセル間の強電界により静電加速されていったん収束し、アクセル/ディセル間の減速電界にてやや発散しながら噴射される。領域に存在する中性粒子とまれに衝突し、弾性散乱(緑点は発生場所を示す)や電荷交換(赤点)を起こし、本来の軌道からそれ、または引き戻されてアクセルやディセルグリッド孔側面に衝撃し、スパッタリング損耗を引き起こす。各グリッド表面の青〜赤のグラデーションは、粒子付着を考慮した損耗率の強弱を意味し、2万時間後の孔形状が描画されている。このような計算が可能になっており、『ISASニュース』No. 230(2000年5月号)の図3と比較していただければ、その緻密さと進歩の状況が理解されるだろう。

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