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宇宙科学の最前線

イトカワの砂 月・惑星探査プログラムグループ 開発室 参与 宇宙科学研究所 基盤技術グループ 参与 藤村 彰夫

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 それらを意識してサンプル粒子の回収で最初に試行したことは、帰還したサンプルキャッチャー内部の壁面に付着した粒子を静電制御したマニピュレータプローブで直接取り出すことでした。図3にその様子を示します。サンプルキャッチャー室内で人工物とは違う岩石質らしい粒子を複数個見つけたときの様子が、図3左です。A室とB室を隔てている仕切り板の隙間に、比較的大きな複数個の粒子が静電気で貼り付いています。このような粒子の発見により、サンプルキャッチャー内に天然の多数の粒子が存在すると信念を持って探索に当たることができるようになり、精神的には楽になりましたが、それが分かるまでに帰還後2ヶ月強を要しました。

図3
図3 サンプルキャッチャーA室からの粒子回収
左:A室側から見たB室との境界(隙間)に粒子が認められる。
右:石英ガラス製プローブ(先端径0.1μm以下)で粒子(丸印)をピックアップしている様子。内部電極へ電圧印加し、粒子を静電的にハンドリングする。仕切り板上での粒子発見には熟練を要するが、発見できればピックアップは可能。


 図3右では丸で囲んだところに大きな粒子があり、電圧をかけたプローブでそれをピックアップしている状況を示しています。図でも分かるように、視認性の悪さがこのサンプルキャッチャーからの直接回収法のネックです(針のように見えるのは影で、実際の針はその左下側にうっすらと見える)。これは、サンプルキャッチャーの表面の粗さと粒子サイズの関係、照明光の方向がキャッチャーの奥深くでは制限されていることと、2方向からの顕微鏡視野が確保できずに3次元的情報が限られているためです。影を見て高さを推察したり、高い電圧をかけたプローブをキャッチャー表面ぎりぎりでスキャンして表面で動く粒子を見つけたりするなど特殊な技も編み出しましたが、効率が悪いので、今では別の回収方法を採用しています。

 大きな粒子があるからには、小さな粒子はより多数存在します。この極微小粒子の採取をテフロン製ヘラで行いました。別形状のヘラは事前に準備してあったのですが、それはサンプルキャッチャー壁面にべったりと付着したサンプルをかき出すのに適した形状のものであり、そのままでは走査電子顕微鏡(SEM)観察に供することができませんでした。そこで新規に複数のヘラ、SEM試料台、それらの保管容器などを製作し、このヘラでサンプルを採取し、SEM観察・分析を行ってイトカワ由来であるとの結果を出すことができました※。このヘラに付着した極微小粒子のサイズは大部分が10μm以下であり、クリーンチャンバーに設置してある光学顕微鏡での識別は困難なので、光学顕微鏡像を見ながら操作するマニピュレータではヘラ上のサンプル回収ができません。そのため、SEM内部に新たに開発したマニピュレータを取り付け、これら極微小粒子を回収できるようにしました。図4に、SEMに組み込んだマニピュレータでテスト用粒子をピックアップしている様子を示します。この方法によりヘラなどで採取した極微小粒子も回収できるようになりましたが、SEM内部での粒子の回収にはかなりの時間を要します。それはSEM内でマニピュレータが3次元的に動作するのに、SEM観察像が1方向からのものしか得られないために操作を慎重に行う必要があるためです。


図4
図4 走査電子顕微鏡(SEM)内静電制御マニピュレータによる粒子ピックアップ


 今は、サンプルキャッチャーをひっくり返し、振動を与えてキャッチャーから落下した粒子を石英蓋に受け、その石英蓋からマニピュレータでピックアップする方法で粒子の回収を実施しています。この方法でA室とB室から落下した粒子は、人工物も含めてそれぞれ数百粒程度です。フラットな石英蓋上では粒子の認識が容易であり、2方向から顕微鏡を使うことで3次元的な情報を得ながらマニピュレータの操作ができ、照明の状況も良好なため、より安全で効率的な回収ができます。また、必要な場合には紫外線ランプやPo-210アルファ線源による除電も可能です。

 最近の回収処理は、石英蓋から粒子をピックアップしてSEM試料台に移動し、観察と分析を行って人工物の除外や簡単なカテゴリー分けを実施した後、マニピュレータで保管用の石英板に移動して保管するという手順を踏んでいます。地球環境での汚染を防止するため、すべての操作は高純度窒素雰囲気のクリーンチャンバー内で行い、SEMとの行き来に使う試料台容器は雰囲気遮断され内部は高純度窒素雰囲気です。サンプルの汚染を防止するためSEM観察も無蒸着で行われ、高純度窒素による低真空モードでの観察・分析を行っています。


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