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宇宙科学の最前線

ブラックホールの美 JAXAインターナショナルトップヤングフェロー 高エネルギー天文学研究系 Gandhi Poshak

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 しかし、最も重要な発見はこれからである。我々はNASAのX線衛星と共同観測を行った。可視光とX線のデータを組み合わせたところ、両者の間に興味深い関係が見つかった。ブラックホールからのX線強度が増加すると、可視光の強度は逆に減少するのである(図3)。しかし、X線がピークに達すると、可視光強度は突然増加し、鋭いスパイクを生じる。可視光はX線に対し、1/6秒という非常に短い時間だけ遅れているのである。この興味深い相関の原因は何だろうか。ブラックホールから放出される高温プラズマのジェットが関係しているのかもしれない。このプラズマは光速に近い速度で移動し、太陽1000個分に相当するエネルギーを持ち、そのエネルギーの放出を我々が可視光の急速な点滅として観測している可能性がある。現在では、ブラックホール近傍で大きなエネルギーを持つプラズマの挙動を、光やX線の変動パターンから詳しく探ることができる。ブラックホールを直接見なくてもこれほどまで詳細に知ることができるということを考えてみていただきたい。これこそが科学的手法の力である。

図3
図3 ブラックホール天体GX339-4 から1 秒より短い時間分解能で得られた可視光とX 線の強度変動パターン
X 線の発光(青線)は、単純で幅広いピークを形づくり、数秒にわたるなだらかな下降を示している。可視光(赤線)は、X 線がピークを示した直後(0.15 秒後)に非常に速い閃光を放ち、 わずかな間に下降している。これは、可視光の閃光がX 線に比べ、わずかな間しか続かないことを示す。こうした一連の現象は、何時間にもわたる観測中に繰り返し認められ、図はそれらを多数重ねたものである。


超大質量ブラックホール:シャーロック・ホームズにうってつけ

 これらのブラックホールが猛烈な存在であることは確かであるが、宇宙の真の怪物であるいわゆる「超大質量ブラックホール」の前ではその存在も色あせてしまう。超大質量ブラックホールは大きな銀河の中心には必ず存在し、その名前が示すように、いずれも太陽の100万〜 100億倍の重さがある。我々の銀河系にも、太陽の約300万倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが存在する。多くの銀河では、これらの超大質量ブラックホールはガスに取り囲まれており、そのガスは高温で明るく輝いた後ブラックホールに落ち込む運命にある。驚くべきことに、これらのブラックホールと、ブラックホールを擁する銀河との間には密接な関係があり、ブラックホールの質量は銀河の質量に忠実に比例している。これがなぜ驚くべきことなのか。それは、我々の太陽系よりも小さいブラックホールが、何らかの方法でその100万倍以上も大きい銀河の存在を知っていることになるからである。どうしてこういうことが起こるのかは、現在のブラックホール研究のホットな話題の一つになっている。

 この研究での重要な課題の一つは、桁違いに大きな銀河から降着物質がその中心に向かってどのように流れているのかを明らかにすることである。物質は川のように流れているのか、それとも近づき過ぎた星全体が引き裂かれ、ブラックホールに丸ごとのみ込まれるのか。これを明らかにするには、ブラックホールのまわりの環境を「分解」することが必要になる。特に、ブラックホールとそれを取り巻く星々とを区別できなければならない。銀河は極めて遠方にあるため、これは容易なことではない。ロンドンにある車の2つのヘッドライトの光を約1万km離れた東京から見て分離する場合を想像してみてほしい。超大質量ブラックホールの環境を決定するために我々が試みているのは、まさにそういうことなのである。しかし、世界の最大級の望遠鏡のおかげで、我々は着実にこの目標に近づきつつある。

 天文学者であることの役得の一つは、自由に異境の地を訪れることができる点である。私にとって、南米のチリにあるヨーロッパ南天天文台の超大型望遠鏡VLT(Very Large Telescope)で仕事ができたことは幸運であった。口径8mの巨大な主鏡を持つこの望遠鏡は、ブラックホールを研究するために私が今使っている、ハワイにある日本のすばる望遠鏡の南半球版に当たる。VLTは、地球上で最も乾燥した場所の一つであるアタカマ砂漠に設置されている。澄み切った砂漠の夜空の下で眺めた何千もの星々は、本当に感動的だった。


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