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宇宙科学の最前線

静電浮遊法を用いた超高温液体の研究  宇宙環境利用科学研究系 助教  岡田純平

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 このことが液体シリコン中で実際に起きているとすると、固液界面での結晶成長についての描像が大きく変わり、より明確で自然なものになります。しかし、これまでの多くの試みにもかかわらず、共有結合の存在を直接観測することに成功した例はありません。シリコンの融点は非常に高く(1412℃)、化学反応性が高い液体シリコンをいかに安定に保持するか、また、高温試料の電子状態を直接観測するにはどのような測定法を用いるのが適切かといった克服すべき多くの課題があり、これらのことが実験的研究の障害になっていました。私たちは静電浮遊法と放射光を組み合わせることにより、これらの障害を克服することができました。
 静電浮遊法を用いて真空中に浮かせたクリーンな液体シリコンに対して、SPring-8の放射光X線(116keV)を用いたコンプトン散乱測定を行い、初めて電子運動量密度分布を決定することができました。得られた電子運動量密度分布を詳細に解析した結果、融点直上の液体シリコンの電子運動量密度分布は、単純な原子構造を仮定した分布とは大きく異なり、結晶シリコンの分布に限りなく近いという興味深い結果が得られました。液体シリコンは、通常の単純液体のように原子が完全にランダムに配列しているのではなく、結晶シリコンと非常によく似た局所構造を持っている可能性が高いといえます(図2)。


図2
図2 シリコンの原子構造
a 固体シリコンの原子構造(ダイヤモンド構造)
b 液体シリコンの予想される原子構造
ランダムに原子が配列しているが、局所的には、固体の原子構造によく似た構造を持つと考えられる。

おわりに

 静電浮遊溶解法は、ISSという大きな目標があったからこそ完成することができた実験技術です。スピンオフ実験としてSPring-8で実験を行った結果、液体シリコンの電子構造について長年議論されていた問題について答えを得ることができました。今回紹介することはできませんでしたが、液体ボロン(融点2180℃)など、ほかの超高温液体についても面白い結果が得られています。静電浮遊溶解装置は、これまで実験が不可能だった超高温液体の研究を可能にする非常に有用な実験手段です。
 静電浮遊溶解装置は、ISSでの実験を目標に開発が進められてきた装置ですが、地上での研究が進んだことで、地上でできることと宇宙でしかできないことの区別が明確になりました。シリコンのような単一成分系の液体については、熱対流の影響も多少ありますが、地球上でもかなり正確に測定を行うことができます。また、ISSの中にSPring-8のような大きな実験施設はありませんから、宇宙実験の相補的なものとして地上実験は重要です。
 しかし、酸化物、フッ化物、窒化物などの、耐熱材料、機能性材料あるいは省エネルギー関連として最近注目されている材料は、真空雰囲気を必要とする地上の静電浮遊実験装置では、加熱するとガスが抜けてしまい、溶かすことができません。溶かすためには、ガス雰囲気での実験が可能なISSでの実験が不可欠です。したがって、静電浮遊溶解装置をISSへ設置し、ガス雰囲気を使った溶解実験をぜひ実施したいと考えています。これまで実験すら行うことができませんでしたから、私たちの想像を超える面白い現象が発見されるのではないでしょうか。さらに、日本には、SPring-8のほかにも世界最高の実験施設が数多く存在します。これらを存分に使いながら、材料開発のブレークスルーを目指して、研究を進めていこうと考えています。
 本研究は、宇宙航空研究開発機構、東京大学、高輝度光科学研究センターの皆さまにご参加いただき、実験を行うことができました。心より感謝申し上げます。

(おかだ・じゅんぺい)


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