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宇宙科学の最前線

宇宙機フレキシブル自律熱制御 名古屋大学大学院 工学研究科 航空宇宙工学専攻 講師 長野方星

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 人は暑いときには上着を脱いで窓を開けます。また、寒いときは窓を閉めて上着を着ます。そうして自分にとって快適な温度環境をつくっています。人工衛星や探査機などの宇宙機もまた、暑いときと寒いときがあります。強烈な太陽光を浴びるときは温度が上昇します。また日陰に入ると温度が急激に下がります。そのような過酷な熱環境の中で、宇宙機はどうやって快適な温度環境をつくっているのでしょうか?
 今回は、そんな熱制御についての「これまで」と「これから」をお話しさせていただきます。


宇宙機熱制御の現状と厳しくなる熱制御要求

 宇宙機がさらされる熱環境は、外から入ってくる熱エネルギーとして、太陽光熱入力、アルベド、惑星からの赤外ふく射があります。また、内部発熱として、搭載機器からの発熱があります。この外部熱入力と内部発熱の総和と宇宙機からの放熱とのエネルギーバランスで宇宙機の温度が決定されます。大気の存在しない宇宙環境では、熱の移動が起こりにくいので、搭載機器からの熱をいかに効率よく移動させて宇宙空間に棄てるか、つまり「熱輸送」と「排熱」の技術がとても重要になってきます。
 熱輸送には、シンプルなものでは高熱伝導材料による伝熱促進が、もっとたくさんの熱を輸送したいときはヒートパイプという熱輸送素子が、用いられます。一方、排熱は、ラジエータと呼ばれる放熱面から宇宙空間へと熱ふく射の形で行われます。探査機、スペースシャトル、国際宇宙ステーション、どれを見ても、熱を宇宙空間に棄てるラジエータが取り付けられているのが分かります(図1)。ラジエータの大きさは、宇宙機が最も高温になる環境で適切な温度に収まるように決定されます。すると、逆に宇宙機が低温環境にある場合は、熱が逃げ過ぎて冷えてしまいます。そのときは、ヒーターによって内部の機器が保温されます。つまり、宇宙機の熱はラジエータにより常に排熱され、棄て過ぎた熱損失分はヒーターにより補うという方式が、一般に用いられています。確かにこの方法はシンプルですが、エネルギー効率的には有効な方法とはいえません。特に、今後の宇宙ミッションでは、この方法だけでは熱設計の成立が難しくなります。


図1
図1 さまざまなラジエータ

 例えば、内惑星探査機は、太陽光強度が地球より数倍高い星に向かいます。初めに地球を周回した後に高温の惑星に向かおうとすると、高温の惑星に熱設計を合わせているため、低温の地球近傍ではヒーターによる保温が不可欠になります。しかしミッションによっては、保温に必要となるヒーター電力量が探査機で発電できる量の大半を占めてしまい、ミッションに十分な電力を割けない、という事態に陥ってしまいます。また月面着陸機の場合、昼間は約+120℃、夜間は−180℃という温度サイクルが約30日の周期でやって来ます。昼間に熱設計を合わせた場合、夜間の保温が非常に厳しくなります。約2週間に及ぶ夜間をどのように乗り切るかが重要な技術課題になります。
 宇宙ミッションは時代とともに高度化しつつあります。熱制御要求も、このように大変厳しくなります。もはや、熱損失をヒーターで賄うという方法だけでは、熱設計が成立しなくなっています。では、いったいどのような技術が今後は必要になってくるのでしょうか?


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