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宇宙科学の最前線

「あかり」衛星で探る星間塵の一生

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宇宙空間の多環式芳香族炭化水素

 宇宙空間の星間物質が放つ赤外線スペクトルの中に、ひときわ目立つ一連のバンド放射があります。1970年代に「未同定赤外バンド」として我々の銀河系内の惑星状星雲で見つかって以来、電離水素領域、反射星雲や進化した星の周囲、銀河内の星々の間に漂う星間物質の放つ拡散光、さらには、ほかの銀河に至るまで、さまざまな天体に普遍的にこうした一連の赤外バンド放射が観測されることが分かりました。実験室における研究や量子化学計算に基づく研究の結果、それらのバンド放射の担い手の主要な候補として考えられるようになったのが「多環式芳香族炭化水素」です。この塵は、いくつものベンゼン環構造を有する分子を含み、主として星からの紫外光子のエネルギーを吸収し励起され、そのエネルギーを分子内の炭素―炭素、あるいは、炭素―水素の格子振動によって解放します。この各振動に対応するエネルギーは、ちょうど波長にして3.3μm、6.2μm、7.7μm、8.6μm、11.2μmなどといった赤外線の波長を持つ光子のエネルギーに対応し、その結果、宇宙空間に存在する多環式芳香族炭化水素は、各波長を中心とする一連のバンド放射を示すのだと考えられています。これらのバンド放射の強度比や形状などは、担い手の物理状態に依存して変化するため、観測される一連のバンド放射の特徴を詳しく調べてやることにより、その担い手が今どのような物理状態にあるのかを明らかにしたり、また、その情報をもとに担い手を取り巻く物理環境を推測したりすることができます。

図3
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図3a 「あかり」による近傍銀河NGC6946のS7バンド(波長7μm)での撮像画像と中間赤外線分光用スリット位置、およびスリット部分の拡大図。
図3b,c (b)(c)スリット中の銀河腕領域、および銀河腕間領域で取得された中間赤外線スペクトル。星形成領域を含む銀河腕領域では、比較的穏やかな銀河腕間領域と比べて、UIR 7.7μmバンドとUIR 11.2μmバンドの強度比が増加している様子が分かる。

 「あかり」が取得した近傍銀河NGC6946の中間赤外線スペクトル中にも、この多環式芳香族炭化水素の放つものと考えられる赤外バンド放射が顕著に見られます。データを詳しく調べていくうちに、星形成領域を多数含む銀河腕領域と、星形成活動の見られない比較的穏やかな領域とでは、放射バンドの強度比やスペクトルの形状が異なることが分かりました。さらに、多環式芳香族炭化水素の赤外放射の実験室データおよび量子化学計算に基づく研究の結果との比較研究をもとに、この差異の原因を詳しく調べた結果、分子間力によってクラスター状になって存在していた多環式芳香族炭化水素が強い輻射場を持つ星形成領域の周囲ではばらばらになること、また照射される紫外線によって電子をはぎ取られて電離状態になるというシナリオが示唆されるようになりました。  多環式芳香族炭化水素が宇宙空間で遂げる進化の過程は、まだ多くの謎に包まれています。ただ、これらの過程を一つ一つ明らかにしていくことによって、今日ある物質的・化学的に豊かな宇宙の環境ができるまでの描像の理解に、新たな視点から、一歩ずつ近づいていくことができるかもしれません。なぜなら、多環式芳香族炭化水素は、いくつかの化学過程を介して、アミノ酸などの有機物とも密接に関連し得る重要な物質だと考えられているからです。こうした意味で、宇宙空間の多環式芳香族炭化水素の進化を探る試みは、星間化学と宇宙生物学をつなぐ架け橋としての意味を持つ課題であり、「あかり」をはじめとする最新の観測データを用いて、まさにこれから私たちが取り組むべき重要な課題の一つであるといえるでしょう。

(さこん・いつき)

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