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宇宙科学の最前線

多彩な科学観測ミッションに応える新たなアンテナ 過酷な環境下に耐える通信の要

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広帯域円偏波ドーナツビームアンテナ

 水星周回探査機(Mercury Magnetospheric Orbiter:MMO)などのスピンにより姿勢を安定化している探査機では、スピン面内(スピン軸と直交する面)で全方向性のアンテナが要求されます。我が国最初の惑星探査機「さきがけ」「すいせい」などでは、コリニア・アレーアンテナが搭載されました。これはダイポールアンテナを3段重ねた棒状の形をしています。アンテナ素子が共振型なので、帯域は狭く偏波も直線です。また、サイドローブ(不要な方向への放射)も大きく、メインローブ(主方向の放射)のビーム幅は約20度で最大利得5dBi程度でした。MMO搭載アンテナは、水星探査機に要求される電気特性はもちろん、太陽に0.3AUまで接近することで地球周回と比べ11倍の太陽エネルギー(11ソーラ)を受けるため熱環境が厳しく、従来の方式を超えた新たなアンテナの開発が必要でした。

 今回開発したのは、図2に示すようなパラボラと円錐鏡を組み合わせたデュアルリフレクタ構造のアンテナで、広帯域な円偏波をスピン面にほぼ均等に放射できます。図2aはその構造図で、図2bは1/1スケールの試作品の写真です。その代表的な放射特性は図2cのようにほとんどサイドローブがなく、最大利得が7dBiでビーム幅が約20度あり、スピン面内のパターンはほぼ円形で理想的な放射特性を持ちます。また、広帯域にわたり良好な円偏波特性を得ました。従来の共振型のように帯域が狭くないので、多少の熱変形では周波数ずれを起こさないことも強みです。


図2
図2a エンジニアリングモデル構造図
ホーンから放射された電波は、パラボラ反射鏡で反射され平面波となり円錐鏡に照射される。この円錐反射鏡により電波は直角に向きを変え横方向に放射され、ドーナツ型のパターンが形成される。
図2b 1/1スケールエンジニアリングモデル
黄色いアンテナカバーは耐熱性の高いポリイミド成形体でできている。フライトモデルは、温度を下げるためこの表面に白色塗装を施す予定。
図2c 放射パターンの一例

高耐熱でウエハースのように軽いアンテナ

 惑星探査機では1AU以上の超遠距離通信を行うため、ビームを絞った高利得アンテナが必要です。従来この種のアンテナには、焦点に電波を集中するパラボラ形状のアンテナが使われてきました。しかし、水星や金星などの内惑星探査機では、強い太陽光も集光してしまう焦点構造のアンテナは得策ではありません。そこで、今までとはまったく異なる平面アンテナを搭載用として開発できないか検討しました。小さなアンテナでも数を増やして平面状にうまく配列し、各素子の給電電力と位相をすべて同じにしてやると、数にほぼ比例して利得が上がります。1素子の利得が9dBiでも、546素子並べることで36.4dBiの高利得が得られます。各素子に給電する回路による損失をいかに抑えるかが、効率の良いアンテナとなる鍵です。通常のアレーアンテナではこの給電回路の損失が大きく、効率の悪いアンテナになってしまいます。

 そこで、今回開発したアンテナは、図3に示すような導波管構造の給電方式を採用しています。アンテナ裏の中央部の給電ピンから導波管内に電波が放射され、各アンテナ素子に電磁結合で給電されます。したがって、損失は限りなくゼロに近く、各素子の給電分布を均一にすることで非常に開口効率の高いアンテナが実現できます。


図3 水星探査機搭載用高利得アンテナ
図3 水星探査機搭載用高利得アンテナ
アンテナ素子には2.5巻きのショートターンヘリカルアンテナを用い、546素子を配列している。図のように、導波管内部に挿入するヘリカルピン長を外側に行くに従い長くして結合度を高くする。それにより各素子の給電振幅を一様に設計できる。また、おのおののヘリカルの向きを変えることで位相も一様分布となるように設計される。

図3
図3a エンジニアリングモデル
図3b アンテナ構造図
図3c ヘリカル素子

 図3は、水星探査機搭載に向け川原康介開発員と坂井智彦開発員によってインハウスで試作された高利得アンテナで、11ソーラの環境下で表面の最高温度は約350℃と予測されるため、対策としてさまざまな工夫がされています。素子にはヘリカルアンテナを用い、固定用のボビンには高耐熱性のセラミックを用いています。直径約0.8mの大きさで約36dBiの利得が得られ、開口効率約80%の高効率を実現します。これは、「はやぶさ」の直径1.6m(重量6.8kg)パラボラアンテナの利得(37dBi)とほとんど変わらず、いかに優れているかがお分かりいただけるかと思います。

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