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宇宙科学の最前線

ディ−プインパクト探査が明らかにする彗星と太陽系の謎

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 2005年7月4日に,アメリカ航空宇宙局(NASA)のディープインパクト探査機の子機はテンペル第1彗星に命中し,これまでまったくの謎だった彗星内部物質の人工掘削に成功しました。掘削された内部物質は,探査機本体の測器および地上の多数の望遠鏡によって詳細な観測がなされ,さまざまなデータが取得されました。この地上観測キャンペーンには,我々も国立天文台のすばる望遠鏡を使って参加しました。取得データの解析はまだ続いており,学会のたびに新事実や新解釈が提出されつつあります。

 ここでは,現在までに得られたディープインパクト探査機の科学的成果について,我々自身の観測結果を含めて簡単にまとめてみることにします。



彗星の謎

 探査結果の説明をする前に,簡単に彗星研究の重要性についてご説明します。彗星はよく知られているとおり,太陽に近づくとその輻射熱で激しい蒸発を起こし,巨大なコマと尾を形成します。その尾の分光分析から,彗星には大量の有機物や水分,二酸化炭素などさまざまな揮発性成分が含まれていることが分かっています。これらの物質は,地球型惑星の固体部分には大量には含まれていませんが,大気や海洋の主成分であり,我々生物を構成する材料物質でもあります。また,地球型惑星にはその進化の歴史を通じて多数の彗星衝突があったことが分かっていて,大気・海洋・生命の起源と進化に大きな影響を与えたと考えられています。

 その一方で,彗星の内部は形成直後から現在に至るまで極低温環境におかれているため,構成物質の熱変成度も非常に低く,45億年前の形成直後の太陽系の記録をそのまま現在まで冷凍保存していると考えられています。ですから,彗星内部を調べることは,太陽系の形成プロセスを理解することにもつながります。こうした重要性から,探査機母船の測器群はもちろん,地球周回の宇宙望遠鏡および地上の多くの大望遠鏡がテンペル第1彗星に向けられ,詳細な観測が行われたのです。




地上望遠鏡による観測と結果

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図1 衝突直前のテンペル第1彗星の姿。図中の×印は,探査機の衝突地点を表す。(写真提供:NASA)


 探査対象の彗星を最も高い空間分解能で観測できるのは,もちろん探査機の母船です。実際に,探査機のカメラは,テンペル第1彗星がこれまで観測された彗星核とまったく異なる表情を持っていることを明らかにしてくれました(図1)。しかし,探査機は彗星との相対速度およそ10km/sで離れていきますから,1時間もたつと探査機から見た彗星の視直径は1/100°以下と急速に小さくなり,探査機カメラには近接撮影の利点がなくなってしまいます。そうなると,さまざまな測光装置を使って長時間にわたる広波長域観測ができる分だけ,地上望遠鏡や地球周回軌道上の宇宙望遠鏡が有利になってきます。ですから,地上望遠鏡では,探査機が観測していない波長帯を数時間から数週間の長い時間スケールで観測することに大きな意味がありました。


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