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宇宙科学の最前線

ディ−プインパクト探査が明らかにする彗星と太陽系の謎

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観測結果の意義

図3-A

図3-B
図3 長周期彗星と短周期彗星の起源・進化の概念図の歴史的変遷。(A)従来の説では,短周期彗星は太陽系の外縁部で形成したと考えられていたが,(B)最近の理論研究とディープインパクト探査により,短周期彗星は太陽系のもっと内側で形成したらしいことが分かってきた。


 短周期彗星であるテンペル第1彗星の内部物質と長周期彗星の構成物質が酷似しているという新事実は,彗星起源の研究に非常に大きな手掛かりを与えてくれます。つまり,オールト雲天体とカイパーベルト天体が基本的には同じ物質でできている可能性が示されたのです。この可能性は,最近の太陽系形成理論の発展に照らし合わせてみると,非常に重要な意味を持っていることが分かります。

 1990年代までは,オールトの雲は現在の居場所よりずっと太陽に近い天王星から海王星の付近で形成して,天王星や海王星の重力散乱の影響で現在の数千〜数万天文単位の距離まで放り出された結果できたものであり,もう一方のカイパーベルト天体は天王星・海王星の軌道よりずっと外側で形成し,これら巨大惑星の形成と関係なく45億年前から現在までほとんど軌道を変えずに静かに暮らしてきた小天体であると考えられてきました(図3A)。

 しかし,最近数年の間に,外側太陽系の惑星形成に関する理論計算が大きく進展し,新しいモデルが提唱されてきました。その説では,カイパーベルト天体には,従来考えられてきたような太陽系の辺境で形成して以来現在までほとんど何の軌道変化も経ずに安定な円軌道を回っているもの(メインベルト天体)だけではなく,オールト雲天体と同じように太陽系のもっと内側で形成したものの,天王星・海王星など巨大惑星の重力散乱の影響でカイパーベルト領域に放り込まれたもの(散乱ディスク天体)が多数存在することを予言しています。そして,短周期彗星として地球付近までやってくる天体のほとんどはこの散乱ディスク天体であり,物質的にはオールト雲天体と同一のものが短周期彗星の正体であると予想しています(図3B)。  

 紙面の関係でここでは詳細に書けませんが,この新理論が正しいとすると,土星,天王星,海王星は,45億年の歴史の中で一度だけ急激に軌道位置を大幅に変えて,形成した場所よりずっと太陽系の外側に移動したことになります。また,その巨大惑星の急激な位置変化は,小惑星の軌道も大きく不安定化させ,地球など内側太陽系の惑星に大規模な隕石シャワーを浴びせかけることになります。これは,従来の惑星系形成の理論が示すような静的な太陽系の描像を覆し,非常に動的な描像を提示しています。  

 ですが,この新しい惑星系形成理論を強く支持するような物的証拠は見つかっていませんでした。その点,今回のディープインパクト探査の地上観測によって得られた新事実は,旧理論では説明ができない一方,新理論の予想と非常によく合致しています。つまり,今回の観測結果は,惑星形成の新理論を強く支持しているのです。

 ただし,今回の観測は,一つの彗星についてのものでしかありません。惑星系全体の描像に結論を下すためには,まだほかの短周期彗星についての観測が必要です。また,内側太陽系に落ちてくることのないとされる,カイパーベルトのメインベルト天体についての観測も必要です。幸い,前者についてはESAのロゼッタ探査機が,後者についてはNASAのニューホライゾン探査機がすでに打ち上げられています。これらの探査機が観測データを送ってくる数年後には,我々の住む太陽系の起源についての私たちの理解は大きく進むことになると期待されます。  

 なお,今回の結果の詳しい報告は,2005年10月14日発行の『Science』誌に掲載されています。

(すぎた・せいじ)



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