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宇宙科学の最前線

ジオスペース最高エネルギー 粒子誕生の謎を追う 放射線帯の研究

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宇宙天気研究と放射線帯

 GPS衛星や気象衛星のような宇宙インフラは,現代社会の生活と切り離せないものですが,このような衛星群は,まさに放射線帯の中で運用されています。スペースシャトルなど有人宇宙活動が行われているのも,放射線帯の下端です。エネルギーが高い粒子は人工衛星の動作異常を引き起こしたり,宇宙での人類の長期滞在にとって大きな障害を及ぼしたりします。実際,増大した放射線帯の粒子によって人工衛星に不具合が起こり,テレビ中継が途絶した例も報告されています。人間活動と密接にかかわる太陽地球系科学のことを「宇宙天気研究」と呼びます。人類が宇宙空間で安全に安心して活動していくためにも,放射線帯の研究は,宇宙天気研究において特に重要なものとなっています。


放射線帯再形成のメカニズム

どうやって増えていくのか?
 放射線帯が変動する際,そこでは何が起こっているのでしょうか? 外帯の「消失」と「再形成」は共に重要な課題ですが,ここでは特に「再形成」,すなわち,一度なくなった放射線帯が再び高エネルギー粒子で満たされていく過程に焦点を当ててみたいと思います。「再形成」の鍵となるのは粒子の加速ですが,この加速の問題は宇宙空間物理学の重要な研究課題です。

 磁場中の荷電粒子は,磁場の強度と粒子のエネルギーの比が一定になるような性質があります。従って,太陽から吹き付けてきた太陽風のプラズマは,磁気圏に入ってきて地球に近く磁場が強いところに輸送されると,そのエネルギーは増加します。このような加速を,断熱加速と呼びます。しかし,この太陽風起源のプラズマが断熱的に加速されるよりも,放射線帯の粒子は,はるかに高いエネルギーを持っています。そこで,磁気圏の中のどこかに,断熱的ではない(非断熱)加速機構が存在することが考えられてきました。しかし,そのような非断熱的な加速が,磁気圏の「どこで」「どのように」起こっているのかは,いまだに決着のついていない重要な問題です。過去10年間,「外部供給説」と「内部加速説」と呼ばれる二つのメカニズムをめぐって,理論・観測両面から精力的な研究が行われてきています。



外部供給説
 磁気圏の太陽と反対側(磁気圏尾部)で非断熱的な加速が行われ,その後,磁場が強い地球方向に輸送されるにつれて断熱的に加速されていくと考えるのが,「外部供給説」です。1970年代の古典理論は,このプロセスによって放射線帯の形成を説明していました。また,1990年代後半の研究では,磁気流体波と呼ばれる磁気圏の波動が高エネルギー電子の効率の良い輸送を引き起こすことが可能であることが理論的に指摘され,観測による実証も進められています。


内部加速説
 放射線帯の内部で非断熱的な加速が行われると考えるのが,「内部加速説」です。この場合,放射線帯粒子よりもエネルギーの低い「種粒子」が,磁気圏内のプラズマ波動とミクロな相互作用をすることによって,より高いエネルギーへと加速され,マクロな放射線帯構造を形作っていきます。この加速プロセスには,波動の特性に影響を与える冷たいプラズマ(数eV)を含めて,6桁以上にもわたる広いエネルギー範囲のプラズマや粒子がかかわってきます。

 従来,「内部加速」は,理論的には可能でも,実際のプラズマ環境や加速の効率を考えた場合,放射線帯を形成するためには不十分であると思われてきました。しかし,1990年代になって,「あけぼの」衛星などによって,このプロセスを引き起こすプラズマ波動や「種粒子」が存在し,背景のプラズマ環境がこの加速過程を促進させる状態になっていることが観測され,「内部加速」が放射線帯粒子の形成に重要な役割を果たしていることが,断片的ながら分かってきました。



赤道面での直接観測の重要性

 「外部供給説」と「内部加速説」。この二つのプロセスのどちらがより効率的に起こっているのかを調べるためには,粒子の位相空間密度(速度分布関数)と呼ばれる量を測る必要があります。放射線帯の外帯が増えていく際に,「外部供給説」では位相空間密度が放射線帯の外側から内側に向かって増えていくことが,一方「内部加速説」では内側から増えていくことが予想されます。位相空間密度を計測するためには,広いエネルギー範囲での放射線帯の粒子の計測,および背景の磁場の計測が必要です。

 実は1990年代初頭のCRRES衛星以降,このような観測能力を持った科学衛星は,磁気圏赤道面には打ち上げられていません。そこで,極軌道衛星の観測データを用いて,位相空間密度を算出する努力が続けられてきました。その結果,「外部供給」を示唆するような位相空間密度のデータが報告される一方,「内部加速」を示すようなデータも数多く報告され,両者の議論は混沌としてきています。また,放射線帯の中でも,地球からの距離や地方時の違い,さらに磁気嵐の違いによっても,二つのプロセスの起こり方が異なっていることも示唆されてきました。しかし,位相空間密度の計測は,磁気圏の赤道面で行わない限りその計測にどうしても不確定性が生じてしまうため,この二つのプロセスについての決定的な理解を得るには至っていません。



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