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宇宙科学の最前線

オーロラの起源粒子を運ぶ宇宙空間ガスの渦

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 極域の夜空を彩るオーロラは,地球の夜側,高度10万kmほどにある磁気圏尾部と呼ばれる領域から,高エネルギーの荷電粒子(イオンや電子)が地球大気に降り込んでくることによって発生します。この荷電粒子は,元をたどれば大半が,太陽風と呼ばれる超音速で太陽から吹き出しているプラズマ(高温で非常に希薄な電離ガス)に由来することが知られています。地球の磁場は太陽風に対して盾となっているはずなのに,どうやって太陽風は磁気圏に入り込んでいるのでしょうか?

 太陽風は高温のコロナガスとともに太陽の磁場を引き連れて流れ出し,太陽系全体を満たしています。太陽風中の磁場は,フレアなど太陽表面近くの爆発現象の影響を受けたり宇宙空間で変形したりして,あるときには地球磁場と同じ方向を向き,またあるときには逆の方向を向きます。太陽風磁場が地球磁場と逆向き,つまり南を向いているときには,どのように地球磁場の盾にすき間ができるのか分かっています。「磁気リコネクション」と呼ばれる太陽フレアや天体現象でもおなじみのメカニズムによって,地球の磁力線が太陽風の磁力線とつながり,太陽風の粒子は自由に磁気圏に入り込めるようになります。反対に太陽風磁場が北を向いているときには,磁気リコネクションは発生できず,太陽風は地球磁場の盾に受け流されて脇にそらされてしまうというのが通説でした。ところが約20年前にNASAのISEE1衛星の観測により,磁気圏がより多くの太陽風プラズマで満たされるのは,太陽風磁場が北向きのときであるという事実が判明したのです。

 地球磁場がより強い盾として働くべきときに,いったいどのように太陽風は磁気圏に侵入しているのか? これは長年にわたる大問題でしたが,近年の研究から「ケルビン・ヘルムホルツ不安定」に伴って成長する渦が,謎を解く一つの鍵であることが分かってきました。



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図1 上:CLUSTER衛星によって発見された地球磁気圏の脇腹で成長する渦の模式図。
下:ケルビン・ヘルムホルツ不安定の3次元シミュレーション結果。


無衝突プラズマ中のケルビン・ヘルムホルツ不安定

 ケルビン・ヘルムホルツ不安定とは,2種類の流体が相対速度をもって接しているときに,その接触面で成長する流体不安定です。風が吹くと水面に立つ波や雲層にできる渦などが,この不安定の例です。地球周辺の宇宙空間では,太陽風と磁気圏との間にある磁気圏境界層でこの不安定が起こり得ると,すでに半世紀も前から予言されていました(図1)。磁気圏内のプラズマは地球磁場にとらわれてほぼ止まっているのに対して,太陽風は猛スピード(秒速数百km)で磁気圏のすぐ外側を流れているからです。

 ケルビン・ヘルムホルツ不安定が十分に成長すると,鎖状に連なった渦列ができます。渦があると物質の混合が促進されるというのは,コーヒーにミルクを注いでかき混ぜるときなど,私たちが身近に体験することでしょう。ここでの混合は,分子がお互いに衝突して拡散していくために起こります。しかし宇宙空間ガスは高温かつ超希薄であるがために,荷電粒子同士の衝突はほとんど起きていません。このような無衝突プラズマ中では,渦の存在と物質の混合とに因果関係が現れるとは限らないのです。

 ところが最近の計算機実験から,無衝突プラズマの混合も渦があることで効率よく起こり得ることが示唆されるようになってきました。渦が成長すると,渦に巻き込まれた磁力線はねじ曲げられ,逆向きの磁場成分が生じるので,磁気リコネクションが発生しやすくなるというのが一つのアイデアです。こうなると,次に問題となるのは,磁気圏で実際に渦は巻き上がる(ケルビン・ヘルムホルツ不安定が十分に成長する)のかどうかです。しかし磁場は同時に,一般流体でいう表面張力のような役割をするため,不安定の成長を妨げる方向にも働きます。その上,磁気圏は複雑な3次元構造を持っています(図1)。このような状況で,渦が巻き上がる段階まで発達するのかどうかは自明ではありませんでした。



巻き上がった渦を発見

 図1下に示した計算機実験の結果からも明らかなように,巻き上がった渦はかなり複雑な形状をしています。このような構造の有無を,従来の衛星1機だけの観測から検証するのはほとんど不可能です。そのような折,地球磁気圏の時間変動や空間構造の実態を解明すべく,CLUSTER衛星が打ち上げられました。CLUSTERはヨーロッパ宇宙機関(ESA)とNASAが共同で企画した,4機からなる世界初の編隊観測衛星です。私たちは,この衛星群であれば磁気圏境界層の構造を解剖するかのように把握できるはずだと考え,渦はないかと観測データを精査しました。そして2001年11月20日のデータに,渦が巻き上がっているのを発見したのです。この日まさに,太陽風観測衛星ACEが見た太陽風磁場は,長時間にわたって北向きでした。

 4機の同時観測からは,渦が巻き上がったときにだけ現れる特徴的なプラズマ密度の構造(図1下)が確認されました。さらに重要なことに,巻き上がった渦の中に太陽風プラズマが,すなわち磁気圏に太陽風が侵入した証拠が見つかったのです。これは,渦がプラズマ混合を誘発するという計算機実験の予測とまさに合致します。CLUSTERが遭遇した渦列は,それぞれが長さ約4万kmにも達することが判明しました。発達した渦の長さと幅の比は約2:1であることが計算機実験から分かっているので,プラズマ混合層の厚みは約2万km,つまり地球半径の3倍ほどであったと推測されます。磁気圏尾部の幅(地球半径の約20倍)と比べて無視できない厚みの混合層が,渦により形成され得ることが明らかになったのです。



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