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宇宙科学の最前線

宇宙開発における標準化と情報化 〜Faster Better Cheaperを実現する方法〜

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標準化の例

 それでは,標準化の例として,宇宙科学研究本部で衛星の試験や運用のために地上で使用しているシステムを紹介します。

 宇宙研の地上システムでは,次のような二つの標準的な道具を提供しています。一つ目は,地上の装置間でデータをやりとりするための標準方式およびそれを実行する標準ソフトウェアで,宇宙データ転送プロトコル(Space Data Transfer Protocol, SDTP)といいます。二つ目は,衛星が地上と送受信するデータの形式を定義したデータベースで,衛星情報ベース(Spacecraft Information Base, SIB)といいます。SDTPは,宇宙研のすべての衛星に対して,すべての地上の処理装置で同じものが使用できます。SIBは,衛星ごとに少しずつ異なりますが,一つの衛星に対してはすべての処理装置で同じものが使用できます。

 衛星から送られてくるデータを処理するための処理装置を開発する場合,データ処理プログラムとしては固有のものが新たに必要であったとしても,SDTPとSIBについては,標準品として提供されているものを取り込んでそのまま利用できます(図1)。このようにすれば,その装置固有のプログラムを開発するだけで済みます。

 この例は地上で使用するシステムですが,衛星の中でも同じような標準化が可能です。私は,衛星に搭載される機器同士で情報をやりとりするための標準方式の設計を,アメリカの研究者と共同で行っています。



図1
図1 宇宙研の衛星運用システムにおける標準化(濃い網掛け部分が標準品)


情報化

 今まで標準化についてお話ししてきましたが,標準化によるFBCには限界があります。それは,先ほど述べたように,衛星にはそれぞれ違いがあるからです。特に科学衛星の場合,新しい観測をするためには新しい衛星が必要ですから,標準的なものばかりを使うわけにはいきません。そのような場合は,FBCは実現できないのでしょうか?

 万事休すと思いきや,うまい具合に,違う衛星を開発する場合でもFBCを実現する方法があるのです。それがこの記事の第二のテーマ,情報化です。具体的に言うと,衛星は異なるものだということを前提として,「この衛星の中身はこうなっています」という情報をデータとして管理することです。別の言い方をすると,衛星の仕様書やマニュアルをデータベース化することです。

 「なんだ,そんなことは簡単じゃないか」と思われるでしょうが,そうは問屋が卸しません。ここで目標としているデータベースは,図2に示すように,あらゆる衛星のデータを格納でき,あらゆるプログラムから利用できるようなものです。特定の衛星のデータだけを格納する,あるいは特定のプログラムのみから利用するというデータベースならすぐにできますが,図2のようなデータベースはすぐにはできません。なぜならば,「衛星に関する情報をどのようにデータとして表現するか」ということを標準化しなければならないからです。標準化がまた出てきましたが,情報化を行う場合にも標準化が必須なのです。

 「衛星に関する情報をデータとして表現する標準的な方法」については後回しにして,このようなデータベースが完成すると,どのようにFBCに貢献するのかを先に述べておきます。次のようにいろいろな効能があります。
(1)今まで文書ベースで行っていた作業が電子化できる。
(2)衛星ごとにデータベースを設計する必要がない。
(3)データベースに格納されている衛星の中身に関する情報を利用することによって,どのような衛星にも適用できるプログラムを開発できる。

 上の効能のうち,(3)が最も重要です。現在のSIBは,衛星の中身に関する情報は格納できません。これは,上で述べた「衛星に関する情報をデータとして表現する標準的な方法」がいまだに確立されていないからです。従って,現状では図1のようにSIBを使ったとしても,データ処理プログラムは,個々の衛星に関する知識に基づいて衛星ごとに作らないといけません。しかし,ここで述べているデータベースを使えば,個々の衛星に関する情報をデータとして取り込めるので,プログラムが自分自身を未知の衛星に対してカスタマイズすることも可能になるのです。ただし,ここにも標準化の限界があり,どんな衛星に対しても100%の情報を標準方式でデータ化するのは難しいかもしれません。しかし,仮に80%しか実現できないとしても,FBCには貢献できるはずです。



図2
図2 衛星にもプログラムにも依存しないデータベース

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