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宇宙科学の最前線

次世代X帯デジタルトランスポンダーの開発 戸田 知朗

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次世代の原型“幼虫”

科図1の写真は、次世代を担う新しいX帯トランスポンダーの姿です。これは,新たに付与される基本機能の検証のために、試作機として製作されました。まだ開発段階の初期のもので、衛星・探査機に搭載される資格は持っていませんが、機能・性能はまさしく最新です。4段重ねの重箱のような姿に、遠く離れた探査機の通信に必要なものが詰め込まれています。表紙はベースバンド部(下記参照)のふたを開け,ケーブルを接続して試験を行っている様子です。表1に3種類のトランスポンダーの仕様を比較していますが、この試作機のサイズは15cm×15cm×9.45cm、アルミニウム材の構体で、重量は3.4kgとなっています。これまでのトランスポンダーに比べて小型化・軽量化を意識しています。しかし,さすがに現在の技術の粋たる携帯電話のようにはいきません。右から左へと技術移転を図る上で、宇宙技術の特殊性が、やはりコスト面で障害
になりますし、何より信頼性の評価が問題になります。

各段の構成は上から,受信電波の復調をして信号の同期再生を行うベースバンド部(第1段)、アンテナから送受信する電波を変復調する高周波部(第2段)、変復調に必要な周波数関係の電波を作る周波数合成部(第3段)、トランスポンダーの動作に必要な電圧を作る電源部(第4段)に分かれます(以下、送受信という言葉は、トランスポンダーから見た立場で使用します。)ベースバンド部はまた、受信電波と適当な分数比(880:749)の周波数関係になる位相のそろった(コヒーレントという)電波を再生する機能も担っています。新しいトランスポンダーの特長をまとめると、次のようになります。

  • 深宇宙探査用のX帯周波数チャンネルに対応
  • 深宇宙での測距(距離計測のこと)回線品質の改善
  • 受信感度の改善
  • ベースバンド部のディジタル信号処理化

これらのことから、私たちは新しいトランスポンダーを「X帯ディジタルトランスポンダー」と呼んでいます。

送受信をX帯とするISASのトランスポンダーとしては、これまでには5月に打ち上げられた深宇宙探査機「はやぶさ」しかありません。これ以後の深宇宙探査に認められる周波数チャンネルはX帯より高い周波数とされています。「X帯」という言葉を断りなく使ってきましたが、周波数8GHz/7GHzの電波をそ
う呼ぶ習わしです。したがって,X帯深宇宙チャンネルへの対応は、将来にわたってこのトランスポンダーが採用されるためには外せない条件です。

また、X帯のトランスポンダーは「はやぶさ」に搭載されたわけですが、2AU(AUは天文単位。1AUは地球と太陽の平均距離で約1億5000万km)を超える深宇宙探査では測距回線がまずボトルネックになること、すなわち、探査機の軌道決定が困難になることが分かっています。探査機までの距離を測定するた
めには、地上から測距信号を載せた電波を送出し、探査機からトランスポンダーを経由してブーメランのように折り返される電波を地上で受信するまでの時間を計測します。今までの測距方式は、探査機のトランスポンダーではただ折り返すだけでした。けれども,新しいトランスポンダーでは,受信した測距信号を再生して品質を回復した後,再変調して送り返す方式を採用しました。従来の手法では電波に載せられた測距信号は、往復の間に品質が損なわれることになりますが、新しい方式では品質の低下は片道分で済む勘定です。図2は両方式を比較した実験結果です。従来の方式(図2上段)では、雑音に埋もれて測距信号パターンが判然としない状態であったものが、新しい方式(図2中段)によれば元の信号がきれいに再現されている様子がよく分かります(再生信号のピーク位置と送信パターン(図2下段)の高低の対応を見てください)。これにより、アンテナ指向や探査機の姿勢制御の手間をかけずとも、測距回線は5AUの距離までも成立できる見込みです。これは、将来的には木星探査が射程に入る実力といえましょう。

遅ればせながら、ディジタル信号処理は時代の要請といえるかもしれません。ようやく消費電力と費用に見合う、宇宙環境でも使用可能な部品調達が可能になったわけです。ディジタル化による恩恵は受信感度の改善に加え、アナログのマイクロ波回路に付き物の調整過程が不要になるので、コスト低減にもつながります。先ほどの測距信号再生方式を導入して測距回線を改善した後は、探査機から地上局への通信回線が新たな限界となるため、ここでの受信感度の改善は大変意義のあることです。新しい誤り訂正符号との組み合わせで、通信回線も5AUの距離まで成立できるでしょう。以上の特長はすべて、図1にある機能評価用の試作機を用いた実験を通じて確認することができました。

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図1 X帯ディジタルトランスポンダー機能評価用試作機




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図2 測距離信号再生方式の効果
同条件で受信測距信号パターンを観測したもの
上段:従来の測距方式、中段:測距信号再生方式、下段:送信信号パターン


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