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宇宙科学の最前線

銀河団の高温ガスから元素の合成史・星の形成史を読み解く

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問題はケイ素と硫黄の合成

 問題は,ケイ素,鉄に比べ,酸素の組成比が半分以下であることである。実は,超新星爆発による元素合成の標準的なモデルでは,このような組成比は再現できない。我々は,観測データから元素組成を求める際に問題となるさまざまな不定性を議論したが,結局,酸素の組成比が少ないという結論を補強しただけであった。

 軽い恒星を起源とする超新星は,主に鉄を合成すると考えられていた。我々は,実はこの超新星が楕円銀河ではケイ素もかなり合成するのではないかと考えている。楕円銀河では恒星のほとんどが古いものである。一方で軽い恒星を起源とする超新星の明るさは,系の年齢に依存することが知られている。超新星の明るさと元素合成には関係があるため,古い恒星系と若い恒星系では,軽い星を起源とする超新星の元素合成に系統的に差があるのではないかと考える。さらに我々は,銀河系においても元素を多く含むおそらく最近つくられた星は,酸素に比べケイ素を多く含んでいるらしいことを発見した。この結果は,銀河系でも楕円銀河でも,系が古くなるほど,軽い星を起源とする超新星がケイ素をたくさん合成するのではないかということを示唆する。

 もう一つの問題は,硫黄の組成比が中心から離れるほどケイ素の組成比からずれることであった。観測された領域のうち最も外側における硫黄/ケイ素比は,中心の値の半分であった。この領域では,重い星を起源とする超新星の寄与が大きいことが酸素/鉄比から分かる。ケイ素と硫黄はほぼ同じように合成されると考えられていたが,観測を説明するためには,重い星を起源とする超新星では,硫黄はケイ素ほど合成されないということになる。
 ケイ素は,しばしば重い恒星の超新星爆発により合成される元素として,議論されていた。従って,軽い恒星を起源とする超新星もケイ素を合成するとなると,ケイ素を用いた議論はかなり危険になる。重い恒星を起源とする超新星によってのみ合成される,酸素やマグネシウムの組成比が重要になってくるが,これらの元素の組成比は一般には観測が難しい。乙女座銀河団は最も我々に近い銀河団であるために,観測が可能だったのである。また,重い星を起源とする超新星では,硫黄はケイ素ほど合成されないとすると,硫黄/ケイ素比は重い恒星の超新星の寄与のよい指標となり得る。実は,硫黄/ケイ素比は観測的な不定性が少ないために,非常に都合が良い。



ASTRO-EIIに期待

 ところで,日本のX線天文衛星Astro-EIIが平成17(2005)年度以降に打ち上げられる予定である。Astro-EIIに搭載される検出器は,X線のエネルギーを今までになく精密に求めることができる。特に,銀河団などの高温ガスのように広がった天体に対して威力を発揮する。その結果,弱い輝線でもその強度を正確に求めることができるようになる。また,強度から元素組成比に変換する際の不定性も抑えることができる。その結果,さまざまな銀河団,楕円銀河のいろいろな元素の組成比を正確に求めることができるようになる。超新星による元素合成の議論や,元素の合成史,銀河の星の形成史の議論の進展が期待される。

(まつした・きょうこ)



参考文献
Matsushita K., Finoguenov A., Boehringer H., 2003, Astronomy and Astrophysics, vol. 401, p443



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