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宇宙科学の最前線

銀河団の高温ガスから元素の合成史・星の形成史を読み解く

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乙女座銀河団の高温ガスを観測

 物質は一般に,温度が高いほど高いエネルギーの電磁波を放射する。温度が数百万度から数千万度の高温ガスは強いX線を放射しており,我々はそのX線を観測することができる。また,このような温度になると,酸素や鉄などは強く電離され,特定のエネルギーの輝線を強く放射する。スペクトル全体の形と輝線の強度から各元素の量を知ることができる。


図1
図1 XMM-Newton衛星が観測した乙女座銀河団からのX線スペクトル。横軸はX線のエネルギー,縦軸がそのエネルギーでのX線光子の数の分布になる。上の線は実際に検出器が受けた生のスペクトル,下の線が検出器の影響を受ける前の高温ガスが放射しているはずのスペクトルである。


 表紙は,我々から最も近い銀河団,乙女座銀河団の中心部のX線画像である。図1は,その領域からのX線スペクトルである。酸素(O)や鉄(Fe)だけではなく,マグネシウム(Mg)やケイ素(Si),硫黄(S),アルゴン(Ar),カルシウム(Ca),ニッケル(Ni)からの輝線がはっきりと検出されている。我々は,これらの輝線の強度からそれぞれの元素の量を求め,どのような超新星爆発により合成されたのか,つまりどのような星がどれだけあったのか,また,このような高温ガスに含まれる元素が,我々の近傍の天の川の星々やまた太陽に含まれる元素と同じ起源を持つかどうか調べている。


図2
図2 乙女座銀河団中心部の高温ガスの酸素(O),マグネシウム(Mg),ケイ素(Si),鉄(Fe)の分布。横軸は半径。縦軸はそれぞれの元素の数と水素の数の比を太陽での値で割ったものである。直線の破線は可視光の観測から予測される中心にある楕円銀河の元素組成比。


 乙女座銀河団のような銀河団の中心部では,銀河団の中心に位置する楕円銀河の恒星から最近放出されたガスと,最近起こった軽い恒星を起源とする超新星爆発により合成された元素の寄与が重要である。中心から離れると,さまざまな銀河から長年にわたって,さまざまな超新星爆発により合成された元素の寄与が重要になる。図2に,乙女座銀河団中心部の高温ガスの酸素,マグネシウム,ケイ素,鉄の分布を示す。中心にある楕円銀河からの寄与により,どの元素も中心に向かってその組成比が増加している。ケイ素と鉄はその比が太陽とほぼ同一であり,同じように組成比が中心に向かって増加している。それに比べ,酸素,マグネシウムは,ケイ素,鉄よりその組成比が少ない。特に酸素の組成比は,ケイ素,鉄の半分以下である。


図3
図3 乙女座銀河団中心部の高温ガスのマグネシウムと酸素の比(□)を鉄と酸素の比に対してプロットしてある。それぞれの点は銀河系の星の組成比である。なお,太陽の元素組成比を単位として,対数表示を行っている。


 図3では,高温ガスのマグネシウムと酸素の比を銀河系の星々の比と比べている。これらの二つの元素は,重い星が死ぬときに起こす超新星爆発によってのみ合成される。図3から,高温ガスに含まれるマグネシウム/酸素比は,銀河系の星々の比とよく一致していることが分かる。この観測事実は,少なくともこれらの二つの元素比に関しては,銀河系と楕円銀河で,超新星爆発による元素合成に大きな差がないことを意味する。


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