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宇宙科学の最前線

宇宙科学の最前線 磁気圏ダイナミクスの新しい見方

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これまで,そしてこれからの磁気圏プラズマ「その場」観測

科学衛星による磁気圏プラズマ「その場」観測とは,科学衛星のいる場所一点での,プラズマ粒子,電磁場,そしてプラズマ波動を計測するということです。1990年代以前はMHDという問題意識が支配的だったので,イオン粒子データは流体的に加工(密度,流速,温度といった流体力学的パラメータとして解析),電子は参考程度,という研究がほとんどでした。1992年に打ち上げられた日米共同衛星GEOTAILが端緒となり,1990年代から現在に至る衛星データ解析では,イオンと電子は別の流体であること,さらにはその粒子的性質まで踏み込むこと,という問題意識が主流となっています。その結果,例えば磁気圏尾部リコネクションに関して言えば,磁気リコネクション領域周辺での電流構造,イオン・電子粒子加速の様相などが見えてきました。つまり,磁気リコネクションという,全体としてはMHDスケールのダイナミクスに埋め込まれていて,かつ全体として時間発展するのに重要な役割を果たしている,イオンスケールダイナミクスの把握が進んだということです。この成功の要因は,従来に比べて感度の高い粒子計測器を搭載したこと,かつ,粒子の速度空間における様相(分布関数)を綿密に調べるという徹底的な研究を行ったこと,また,プラズマ粒子的効果を含んだ大規模シミュレーション結果を参照しながらデータ解析を進めたこと,であったと考えます。

水星を探査する日欧共同BepiColombo計画の一翼を成すMMO探査機は,水星磁気圏を探査します。そこに搭載されるプラズマ計測器は,従来の惑星探査機用のものに比べれば「とんでもない」と表現してもいいほどの時間分解能を持っています。これは従来のように,水星磁気圏のおおまかな様子を知るということに探査の目標を置いておらず,地球とパラメータが異なる水星磁気圏において宇宙プラズマ物理における最先端の問題意識に堪えるデータを提供し,宇宙プラズマ理解の構築に実証的に寄与することが目標とされているからです。実際,水星公転軌道においては太陽面爆発に伴う惑星間衝撃波が地球軌道に比べてはるかに強い状態で観測できること,水星磁気圏のサイズが全体として小さいことによって境界層乱流効果が増幅される可能性,尾部電流層が常に薄い状況にある場合の磁気リコネクションに関する問題など,パラメータの相違に起因する現象のバリエーションが予想できます。ある程度の予想がある一方で,やはり思いもよらない仕組みを見せてきた宇宙プラズマの世界のことですから,楽しい驚きを味わいながら実証を伴った知見の発展をさせていくことになるでしょう。

科学衛星による宇宙プラズマ「その場」観測は,太平洋に浮かぶボートで気象観測することに例えられるでしょう。観測船からのデータはその地点での詳細な情報を与えますが,その一隻のデータだけで気圧配置を決定することが難しいように,単一衛星観測ではプラズマ中の空間構造は推測するしかありません。それでも,数値計算とタイアップしたりしてかなりの成果を上げてきました。しかし,「スケール間結合」という問題意識,つまり全体の中で鍵となる小さな領域を詳細に調べながら,その鍵領域が時間発展する全体の中にどのように埋め込まれているのかを同時に把握したいという意識が本格化するにつれて,隔靴掻痒(かっかそうよう)の感が出てきました。

全体を把握するという方向の努力は,ISTP計画でもなされました。これは,さまざまな磁気圏領域を探査する各国の科学衛星をコーディネートし,さまざまな領域を同時観測するイベントを増やし,領域をまたいで展開する磁気圏ダイナミクスを把握しようとするものです(図2)。GEOTAILもこのメンバーであり,磁気圏昼側境界での磁気リコネクションの大規模な様相を欧米の衛星と同時観測して明らかにする,といった大きな活躍をしてきました。ISTPではせいぜい数機の同時観測しかありませんでしたが,それでも同時多点観測の有効性は高く評価されるに至りました。

鍵となる領域の空間構造をしっかり把握したいという要求は,コンパクトな編隊を組み,その中に鍵領域を挟み込むという方法で満たすことができます。これを世界で初めて実行したのが欧州のCluster-IIです。4つの衛星で編隊観測を行い,磁気圏各領域における最適衛星間距離,複数衛星データ相互参照テクニックといったノウハウの獲得と同時に,科学的成果も出始めたところです。また,2006年には米国のTHEMIS衛星が打ち上げられ,5機編隊で磁気圏尾部にある爆発的オーロラの巣に迫ります。

図2ISTP計画
図2ISTP計画

ここまで述べた現在進行中の計画では,実はプラズマ観測の時間分解能の制約から,せいぜいイオンスケールのダイナミクスまでしか迫れません。その一方で,電子スケールにおいても大規模ダイナミクスに反応して興味深い現象が展開していることが,プラズマ波動の観測からは知られています。代表的なものは,強い電流に伴って発生する静電孤立波構造です。大規模でダイナミックな現象の発展によって局所的に強い電流が駆動され,それによって電子ダイナミクスとの結合が起き,そのことがさらに大規模ダイナミクスにフィードバックするという,まさに何桁にもわたって「スケール間結合」が発動していることを支持するものです。ただし,その真の実証には,プラズマ観測も電子スケールを分解するだけの時間分解能を持つ必要があります。


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