No.228 |
<送る言葉>
ISASニュース 2000.3 No.228 |
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観測ロケット一筋42年,林さんを送る山 脇 菊 夫林さんは1958年4月から観測ロケット一筋で勤められました。毎回の飛翔実験をロケット班のチーフとして担ってきた林さんの統率力,指導力はみんなが知っての通りで改めて述べるまでもありません。相手が誰であろうと臆せずに気迫と歯に衣着せぬ指摘や発言,そして,林さんから何回も叱られましたがその後に尾を引くことがないカラッとした性格,これらは自分には出来ないことでもあり敬服していたところです。 漁業問題によるロケット打上げ休止等で出張できない年もありましたが,年間200日を超える年も含め極めて多い出張を手際よくこなしてきました。この間,舟木さん(故人)がターレット車でラムダ台車の下へ突っ込んで手を挟み,町立病院で縫合手術を受けた一例の他,ロケット実験期間中の人身事故の記憶がありません。ケムたがられはしても林さんの安全管理の目が行き届いていたと言えます。 海に落ちた2段目ロケットが裏山へ飛んだK-8-10号機では砂浜に散った火を走り回って消し,2段目の暴発と1段目が発射台の脇にゴロンのK-10C-2号機では消防車で真っ先に出動と聞いてます。大きな事故の体験者でもある林さんの引退にあたり事故への心構えも受け継いでいきたいと思います。 能代実験の帰りに八幡平にお供し,シールをつけての雄大な山スキーの初体験をさせていただいたのは30数年前のことです。 ン年前の警備員も居なかった時代のKSC,「ロケットの夜間警備」として林さんが実験場に泊まっていて,小生も泊めてもらったことがあります。手際よく自炊する先輩の料理を美味しくいただきました。 観測ロケット一筋,42年間の永きにわたり,お疲れ様でした。林さんからは様々のご指導をいただきました。ありがとうございました。 (やまわき・きくお) |
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